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二条のSSブログ

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蛍の灯火 前編

 昔の作品をUPするシリーズです。
 たまには新作書けって怒られそうです。

 この作品は2006年くらいに灯哉さんのところで行われた名無しSS大会に出品した作品の加筆修正版です。
 当てられまくったこと、今でも覚えています。

 今読んでも結構気に入ってる作品なのでupしてみました。
 前後編ですが、適当に切っただけなので、前編でのまとまりが~とか細かいところは気にしないでください。切らないと容量オーバーなんだから大目に見てください^^;





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   prologue



 気がつけば、僕はその夜の世界に立ちすくんでいた。
 一面は真っ暗で、月と星々がぼんやりと僕の姿を照らしていた。月の衣を纏うように優しく包む光のおかげで、不思議と安心できた。

 足元には膝まで達するほどの草が生えていた。渓流の音も聞こえる。遠くには山もあるようだ。
 この世界は、自然に囲まれたところなのだとわかった。状況はよくわからないが、やはり安心できた。

 振り向くと、遠くでは人の家の明かりがあった。
 本当なら、ここでもっと安心して駆け寄るところなのだろう。
 だけど、僕の足は動かなかった。そこには行きたくないと訴えるようだった。大きな石でも乗せられたように、動いてはくれなかった。
 そして、僕の胸は締め付けられて、痛みが走った。僕はきっとそこに行かなくちゃいけない。
 その明かりは、誰かのお葬式だった。
 その誰かがわかってしまって、目を逸らしたくなった。

 動かない足が、恨めしくも思ったし、ありがたくもあった。
 そこに行くべきなのかわからなかったし、すぐにでも行きたいとも思えなかったから。



 僕のすぐ足元には、小さな光が舞っていた。
 それを僕は、蛍みたいだと思った。











       蛍の灯火 前編











   scine 1 汐

 窓から吹かれる風に乗り、小さな風鈴が音を鳴らせる。その響きは静かな虫の声と共に、夏の厳しい暑さを和らげてくれる。夏の風物
詩に耳を傾けながら、わたしはお母さんと一緒に小さな台所に並んでいた。

「もう少しで完成ですね」

「うん」

 お父さんが帰ってくるまであと少し。晩ご飯の準備もちょうどいい具合に進んでいた。
 お母さんと一緒に作ったおかずがテーブルに並ぶ頃、お父さんが帰ってきた。暑さと仕事で疲れきってしまったのか、ただいまと言う
なり居間に倒れこんでしまった。

「お父さん、もうご飯だよ」

「いやだ、風呂がいい……」

「ダーメ、ご飯冷めちゃうよ」

 ここで甘えさせたらいけないことはもう学習済み。
 でも、お父さんはあの手この手でわたしを困らせようとする。

「じゃあ汐が後で一緒に入ってくれるか?」

「えぇっ!?」

「それならご飯もちゃんと食べよう」

「ダ、ダメだってばっ。お父さんのえっちっ!」

「はは、冗談だよ」

「うー……」

 相変わらず、お父さんはわたしをからかうのが得意……。ちょっと悔しい。

 三人で席に着こうとしたところ、家の電話が鳴った。携帯電話ではなく、家の電話が鳴るのは少し珍しいかもしれない。だからってわ
けじゃないと思うけど、一瞬だけ、それまでの賑わいが静まってしまった。誰でしょうか、とお母さんが立ち上がる。

「もしもし、岡崎ですが」

 いただきますは家族一緒にって決めてたから、電話が終わるまで待機。わたしはお父さんに今日部活動であったことを話題にした。
 けど、すぐにお母さんが割って入る。お母さんは焦ったような様子で、気が動転しているようにも見えた。まるで、信じられない知ら
せでも聞いてしまったような。そして今度はお父さんが受話器を取る。

「もしもし換わりました、岡崎朋也です」

 二人とも、いつになく真剣な表情。さっきまでの雰囲気は既に一変していた。二人の雰囲気に気圧されて、息が詰まるようだった。
 電話はすぐに切れた。切れたのに、二人は無言だった。

「……ねぇ、どうしたの?」

 よくわからない雰囲気に耐えかねて、ようやく押し出した。

「あのな、汐」

 お父さんが、わたしと正面から向き合う。すぐ後ろにはお母さんが一緒になって真剣な顔つきでいた。

 そして、二人にとっての大切な恩師、幸村先生が亡くなったことを教えてくれた。











   Recollection 1

 妙に世界が白んで見える。
 見慣れたはずの私の部屋も、ぼんやりとはっきりしない。
 ああ、そうか、と納得したような面持ちで目を閉じる。
 走馬灯のように、とはよく言ったものだ。本当に思い出ばかりが目蓋を通り過ぎる。
 楽しかった思い出ばかりだった。ずっとずっと忘れていた子供の頃のことや、ごく最近の些細な出来事。
 その一つ一つを自分でも驚くくらいによく覚えていた。そんな幸せな思い出。

 だが、浮かんでは消えるその思い出たちの中に、ひと筋の記憶が混じる。一つだけ色が違う思い出だからか、手繰るのは簡単だった。
 青年が、一人。彼だけは、駆け巡る思い出の中で消えることがなかった。
 彼の目が、いつまでも私の脳裏からは離れてはくれなかった。
 きっと、彼は私のことを今も恨んでいるのだろう。

 そんな白んだ世界に息子の顔が映った。心配そうに私のことを見つめているのがまだ辛うじてわかる。
 あぁ、そうだ、これが私の本当の現実だ。私は床に伏していて、けれど私は一人ではなくて、心配してくれる息子がいる。

 私は仕事ばかりで家庭のことを顧みない、典型的な悪い父親だったことだろう。それなのにこうして私のそばにいてくれるのは、嬉しい反面、申し訳ない気持ちで一杯になる。

「何かほしいものはあるか、父さん」

「いや、何もないの」

 昔なら煙たがっていただろう気遣いも、今はそれにすがってしまう。ここ最近は自分でも情けなくなるくらい弱ってきてしまった。寝たきりで下の世話までしてもらうのは今までのことを思えば本当に申し訳ない。

「そうか。でも、何かあったら、遠慮しないで言ってくれよ」

 それきり、息子は持っていた本を読み直した。縁側からは夕闇に紛れて虫の声を乗せる風が吹いてきた。心地いい風だ。あの時も、こ
んな夏の日だったように思う。
 彼のことを初めて知って、初めて自分の不甲斐なさを痛感してしまった。自分の過ちを知った。悔しくて、仕方がなかった。

「一つだけ、ええかの」

「うん?」

 きっと彼は来ないだろう。だけど、もし来てくれるのなら一つだけ、彼に伝えたいことがあった。

「わしが、死んだときにの……」

 自分が死んだとき、自分の葬式のとき、もしも彼が来たら伝えてほしいことがある。

 沈痛な面持ちの息子を見ていると、その自分が言うよりも先に息子の方が涙を流すような気がして、少しだけ可笑しく思えた。しかし、そう余分なことを残す体力もない。私はまるで遺言でもしたためるように、言葉を紡いだ。

 窓からは夕闇に紛れて蛍が一匹、迷い込んでいた。

 あの記憶を思い出させるように。ゆらゆらと、ゆっくりと舞っていた。











   scine 2 渚



 わたしの家に幸村先生の訃報が届いてから数日が経ち、お葬式の日となりました。朋也くんの車でしおちゃんも連れて、真っ暗な道の中、幸村先生の自宅に向かいます。いつもなら助手席で運転の最中でも話をしたがるしおちゃんも、今日は後部座席で大人しく座り込んでしまっています。朋也くんとわたしの間の雰囲気がそうさせているのかもしれません。
 昨日まで、しおちゃんは連れてこないつもりでした。朋也くんが連れて行くのを嫌がったからです。

「顔も知らない幸村の葬式に汐を連れて行くことはないだろ。汐は留守番だ」

 そう言って直前まで反対してました。

「知らなくても、わたしは大切なことだと思います」

 それでもわたしはしおちゃんも連れて行きたかったです。きちんとした理由なんてありません。だけど、朋也くんとわたしが演劇をやれたのも、一緒に卒業式を迎えられたのも、幸村先生のおかげです。あの学校にたくさんの思い出を残せたのは幸村先生のおかげなんです。そんなわたしたちの幸村先生との大切な思い出をしおちゃんにも知ってほしい。それだけです。

「ちゃんと伝えなくちゃいけない思い出だと思ってます。朋也くんは違いましたか?」

「……」

 朋也くんはあの頃のことをあまり話したがりません。かっこ悪かった頃だと思っているからかもしれません。だけど、わたしはそれでもしおちゃんにも知ってほしいと思いました。出来の悪い生徒だったわたしたちのことを、最後まで見送ってくれた先生でしたから。
 昨日の夜、ようやく朋也くんは承諾してくれました。

「ねぇ、お父さん、お母さん」

 幸村先生の家まであと少しというところで、呟くようにしおちゃんが口を開きました。

「幸村先生って、どんな先生だったの?」

 信号が赤へと変わり、車が止まります。大分町から離れてしまったからでしょうか、わたしたち以外の車はありませんでした。明かりもほとんどない、真っ暗な道でした。
 そして、しおちゃんの方に振り返ることもなく、じっと前を見つめたまま朋也くんが話をしてくれました。

「いい先生だったよ。かなり年がいってるくせにさ、厳しいかと思えば妙に面倒見がよかったり」

 信号はすぐに青に変わりました。それでも、車は動きません。

「俺はさ、高校なんてすぐにやめてやるって思ってた。けど、幸村は許してくれなかった。俺が学校やめるって言ったら、駄目だの、とか言ってさ、何するかと思ったら、春原と会わせやがったんだ。何考えてるのかなんて、あの時の俺は、全然気づけなかった」

 車が動き出したのは、もう一度信号が青になってからでした。

「けどさ……俺が渚に出会えたのも、ちゃんと卒業できたのも、全部……全部、幸村のおかげなんだよ。
 馬鹿だよな……今さら、幸村の意図に気づいちまった。こんな……こんなときになって……」

 車が動き出して、小さな電灯が朋也くんの顔を照らしたときのこと。
 わたしは、朋也くんが涙を流していることに気づきました。











   scine 3 汐



 幸村先生の家はすでにたくさんの葬式の参列者でいっぱいだった。誰かのお葬式なんて初めてで、わたしは少し困惑を覚えていた。
 古くて大きな和風の家だった。家の中は襖や障子なんかで仕切られてて、本当に古い家なんだなって思った。家の周りは自然に囲まれていた。隣の家までも少し歩かなきゃいけないくらい。ここまで来るのにも車で随分と時間がかかるくらいの田舎で、近くには大きな川があるのか、水の流れる音が絶えず聞こえる。
 けど、それも家の中に入ってしまえば人の音で聞こえなくなってしまうんだろう。もう夜の八時だというのに、こんなにも町から離れているのに、中には大勢の人が出向いていた。幸村先生がどんな人かは知らないけど、こうして大勢の人が別れを惜しんでいる。それだけで、幸村先生がどんな人なのか窺えた。

「や、久しぶりだね」

 三人で幸村先生の家の前に立っていたとき、男の人の声がした。

「……あぁ、久しぶりだな、春原」

「随分と普通の反応だね」

「当たり前だ、こんなところで馬鹿なことができるか」

「……それもそうだね」

 お母さんにお父さん、それに春原さん、昔の演劇部のメンバーが久しぶりに揃った。揃ったのに、三人の雰囲気は暗いものだった。
 もうしばらくして、公子さんや芳野さんも集まった。みんなで幸村先生にお香をあげた。部屋の中はお坊さんのお経が聞こえて、思っていたより静かというわけではなかった。それでも、皆何も喋らず、幸村先生の冥福を祈っているようだった。

 だけどわたしは、なんとなく、この雰囲気が苦手だと思った。一人、置いてけぼりにあっているような気分だった。きっと、わたし自身が幸村先生に一度も会ったことがなかったからだと思う。
 話には幾度なく聞いていた。今日のお父さんに限ったわけじゃない。お父さんたちの面倒を最後まで見てくれた人。お母さんの卒業式にも参加してくれた人。恩師と呼べる人なんだと、ずっと昔に二人は教えてくれた。
 それが今日になって悲しい気持ちで思い出を語ってくれた。だけど、いつもより多くの思い出を話してくれた。ここに着くまでの間、ずっと話し続けてくれた。お父さんは情けない話だなんて苦笑いしてたけど、そんな風には思わなかった。二人にとっての幸村先生の存在の大きさを知った。

 そんな人がいなくなる。ううん、もう死んでしまった。
 それなのに、わたしには、いまいち実感が持てなかった。

 そんな雰囲気が嫌だったわけじゃないけれど、わたしはお経だけが聞こえる部屋を立った。お父さんも引き止めたりはせず、少し目配せするだけだった。
 縁側にある庭に出た。あの部屋とは違って静かな空気が流れていた。また渓流の音も聞こえた。
 月は雲にかかってぼんやりと光っていた。綺麗だと、思った。

 大勢の人がいた。涙を流す人は少なくはなかった。お父さんが涙を流さないのは、わたしがいたからなのかもしれない。お母さんも同じなのかもしれない。そうかといって、わたしがいなくなったくらいで涙を流すとも思えなかった。
 あの大勢の人たちの多くは、きっと、幸村先生のかつての教え子なんだろう。お父さんとたちとは親子ほど年が離れてるんじゃないかって人までいた。幸村先生の教え子の中ではお父さんたちはまだまだ若い方だった。

 まるで幸村先生の今までの教師としての長い道のりを示しているかのようだった。
 そんな人たちを遠くからでも見てしまって、本当にすごい人なんだって、今更のように気づいた。

「はぁ……」

 大きなため息が漏れた。
 そんなの、わかってたはずなのにね。
 もう戻ろう。あまり長くここにいても仕方がない。

「……?」

 不意に、淡い緑色の光が見えて、わたしは庭から家の外に出た。家から一歩出ると、もうそこは自然で溢れていた。そんな真っ暗な風景の中で、ちらほらと蛍たちが舞っていた。近くに綺麗な川でもあるのかもしれない。映画やテレビで見えるような景色ほどじゃないけれど、数匹の蛍の光が見えて小さく声が漏れた。

「蛍なんて初めて」

 時々わたしの肩に止まったりしてる。触ろうとすると、ぱっと逃げてしまった。

「残念」

 見上げれば、月にかかる雲もどこかに行って、夜空は星たちが輝いていた。
 足元の蛍たちは夜空を鏡で映したみたいだ。そんな蛍と星の世界は本当に綺麗だった。

「昔はもっとたくさん見えたんだよ」

 唐突に、後ろから低くて太い声がした。大きな体の人だった。

「そうなんですか」

「……あぁ。僕がまだ若かった頃はね」

 年配の男の人だった。
 その人は、どこか寂しそうに蛍たちのいる田舎の景色をみつめていた。











   Recollection 2



 まだまだ若い、教師として駆け出したばかりの頃。今と違って教師としての自分も、生徒の方も元気がよすぎて無茶ばかりしていた。先輩の教師から度々注意を受けることもあった。幸村先生、あなたは大人なんだから、と。だけど、駆け出したばかりの自分と生徒の年はさほど離れていない。そんな自分が教師として威張るのはどうにも生徒に悪い気がしていた。もちろん、甘やかすようなことはしないが、だけど、他の先生方より生徒の目線には立てる気がしていた。

 そう思っていた、そんな気がしていたはずなのに。
 私はたった一度だけ、一生を悔いるような間違いを起こした。

 一人の男子生徒がいた。学校の外で喧嘩やら何やらと問題ばかり起こす生徒だった。彼が何か問題を起こすたびに、私はあちらこちらへと走らされた。しかし、何度私のほうで注意をしても彼は聞く耳を持たなかった。

 ある日、学校内で喧嘩が起きて私が仲裁に入った。喧嘩にはやはり彼がいた。

「またお前か」

 彼がいたというだけで私は彼に原因があると決め付けた。

「先生! 違う、こいつが!!」

 彼は一度だけ「違う」といった。けれど、私の顔を見るなり、すぐに下を向いた。
 私の目は、もう彼を疑う目でしかなかったのかもしれない。
 仲裁は結局できなかった。

「さっさと死んじまえよっ!」

 彼のその暴言で、私は沸点に達した。怒り心頭のまま、彼を殴った。
 その後も彼は罵声を私に浴びせ続けた。

 だけど、そんな罵声よりも、一番最初の暴言と殴った拳の感触と彼の私に向けた深い恨みのこもった目が、いつまでも脳裏に焼きついていた。

 彼はその後、無事に卒業した。だが、彼と私が視線を合わせることは最後までなかった。
 あるとしたら、彼の卒業式の日。

 せいせいするよ

 そう言わんばかりの、冷やかな目だった。本当にそう言っているようだった。生徒たちの集まっているところを斜めに見下して、私にはそんな目線を送った。一緒に写真を撮ろうする友達も、固い握手をする教師も、彼にはいなかったようだ。私は、そんな彼の態度が気に入らず、その場を通り過ぎた。
 卑怯な選択だったかもしれない。学校で過ごす最後の一日も、最後に目を合わせた人との思い出も、それで締め括らせてしまったのだから。
 卒業式から数ヶ月が経って、私は彼の家庭の事情を知った。彼をよく知る友人から聞いてしまった。

 早い話が、彼の家は荒んでいたのだ。父親は医者で彼に勉強ばかりを強要した。母親もそれに追随する形で彼を厳しく育てた。
 しかし、彼は受験に失敗した。それだけで、彼の家庭は崩壊した。
 そんな現実から逃げるようにして夜の町を彷徨い、いろんなところで問題を起こしては、両親ともめた。だけど、夜の町で会った仲間からも受け入れてはもらえなかった。彼にはいつの間にかどこにも居場所がなくなっていた。

 それが彼の直面していた現実だった。そのことを教えてくれた彼の友人は、ケラケラと笑っていた。何が面白いのか、わからなかった。
 けれどそれ以上に、情けなくて、悔しかった。自分が彼の何を理解していたというのだろう、理解しようとする努力すらも私は怠ったのだ。どうしてあの時、拳を上げるのではなく、膝を折って話を聞こうとしなかったのだろう。
 謝ろう、そう思った頃には、もう連絡はつかなくなってしまった。それすらも、私への恨みに似たメッセージのようで、それ以上は近づけなかった。

 そうした後悔だけが残ったまま、その後の教師生活を過ごした。
 同じ失敗は繰り返したくはない。そんな思いで多くの生徒たちを卒業させてきた。
 けれど、卒業式を迎えるたびに、彼のあの目を思い出した。
 それが、辛かった。私の教師生活は、本当にこれでよかったのだろうかと、思った。

 教師生活、最後を過ごした高校に、私の居場所はなかった。
 当たり前のように卒業していく生徒たちにとって、私は必要とされていなかった。
 これが最後の最後の罰なのかと思った。

 けれど、そんな私にも一つだけ、救いがあった。

 “ありがとうございましたっ”

 そう言って頭を下げてくれる生徒がいた。
 私からの卒業を惜しんでくれる生徒がいた。

 そのことだけは、いつまでも忘れられようはずもなかった。
 あぁ、これでよかったんだと、初めて思えた。

 そして、もうすぐ私の人生も終わろうとしている。
 けれど、一人ではない。こうして心配してくれる息子もいる。
 息子には最後まで晴れることのない、彼への言葉を託すことにしよう。

「……ええかの」

 きっと彼は来てはくれないだろう。もしかしたら、というほんの一縷の望みだ。
 最後の最後くらい、彼と正面から向き合いたい。

「……もうこれで終わりか?」

 息子の声が聞こえた。

「……あぁ、それだけ、伝えてくれたらいい」

 それで安心できたのか、また、私はゆっくりと目を閉じた。





続く




後編へ
by nijou-kouki-0326 | 2009-11-24 14:04
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by nijou-kouki-0326
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