【再掲】ひとひらの桜 3話
気がつけばもう5月。すっかり更新をさぼってしまって本当にごめんさい……。
Love Songも一応書いてはいます。近いうちにupします……。
長編が落ちついたら一次創作やってみたいですね。需要あるのか激しく謎ですが……。
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あいつのことを、渚のことを、俺は忘れなきゃいけない。
けど、そう強く願う、そんな日に限って、そいつは俺の前に現れる。
そいつは本当にお前にそっくりで。
いつまでもあいつの幻影にすがってしまう。
もう許してくれほしい……。
もう無理なんだ……。
俺には、お前の父親である資格なんてない。
命まで張ってお前を生んだママを、忘れようとしてる俺に、そんな資格あるはずない。
そんな俺が、どうして幸せになんてしてやれるんだ?
どうして、お前を満足させてやれるんだ?
どうしてお前はこんな俺を、パパと、呼んでくれるんだ……。
ひとひらの桜 第三話
「なぁ杏」
「なによ?」
「私はお前から大事な話が聞ける、そう聞いてここに来たんだが」
「えぇ、そういったわね」
「じゃあこれは何だ?」
「……」
そんなのあたしが聞きたいわよ……。
おかしい、こんなはずではなかったはずなのに……。
今のあたしと智代の状況。
簡単に説明するとこうなるわね。
「杏センセー! 打順回ってきたよぉ!」
「はいはい、今行くわよっ」
"騙された……"
季節はこいのぼりが上がる五月。今日はゴールデンウィーク最終日。
本来なら有意義に最後の休日を過ごそうと昼まで寝ていたところ、唐突に電話がかかってきた。
『杏先生か?』
秋生さんだった。
眠気で頭がうまく回らない。
「う~ん……どうしたの……?」
『すまねぇな、まだ寝てたか?』
「お、起きてたわよぉっ」
焦る。まさかこんな時間まで寝ていたとは思われたくはない。
ちなみに時計の針は13時を指している。
「で、どうしたの?」
『前言ったよな、協力してくれるって』
すぐにはっとなった。
そうだ、あたしたちはこれから一緒に朋也復活に向け協力していくんだ。
何かあったのだろうか?
声の調子もどこかおかしい。
「勿論よ、で、何をすればいいの?」
『焦るなって、とりあえずちゃんと会って説明がしてぇ。今日、出れるか?』
望むところよ、仕事があったって出て行くわ!
「いいわよ、どこ行けばいいの? 古河パン?」
『いや、公園がいい。家だと早苗がいるしな』
早苗さんにも言えない用事…これはマジだ。
「OK! 今からでいいの?」
『昼からいいぜ、2時ぐらいに来な』
「智代はどうするの?」
『あぁ、あいつも連れて来てくれ。あいつもいると更に心強いからな』
そうよね、いざというときの智代の冷静な判断はあたしも頼もしく感じるもの。
それに智代だって協力するって約束してくれたもんね。
「わかったわ。あたしから連絡入れておく」
『期待してるぜ、二人は主砲だからな!』
「主砲?」
わが耳を疑う。
今なんか変な単語が耳に入った。
『い、いや、こっちの話だ。じゃあな』
そう言い残し電話は切れた。
気のせいね、気のせい。
さぁ、智代にも連絡しなきゃね!
あたしは気づくべきだったわ。
主砲なんてのを口に出していたあの時点で。
こうなることぐらい、予想できたってことに……。
「行くぜ、杏先生! 俺が本気で投げれるのは先生か智代ぐらいしかいねぇんだからな!」
「面白いじゃない! あたしを騙してこんなところに連れてきたこと、後悔させてやるわ!」
「はっ! 言ってな! アメリカ産のMFBを舐めるなよ!」
メジャー行きなさい……。
到着したあたしと智代を待っていたのは近所の子供たちと楽しそうに素振りをする秋生さんだった。
これの一体どこが協力なのよ!?
野球と聞いた直後、あたしは猛然と抗議をした。だけど
『汐を楽しませてやりてぇ…それだけだったんだ…協力、してくれねぇのか?』
なんて言われて反論なんてできるわけがなかった。
結局、あたしと智代が秋生さんの敵チームの主砲として参加することとなってしまった。
あたしがバッターボックスに立ったときのこと。
キャッチャーミットを構えながらも、ガタガタと震える子供がいることに気づいた。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
全然大丈夫そうには見えないけど一応そうきいてみた。
「~~~~っ」
声にならない叫びとはこのことか……。
キャッチャーは激しく首を振り否定した。
「おい、磯貝ジュニア、しっかり捕れよ! 汐も俺の本気の球が見れるぜ! 嬉しいだろ!」
「たのしみ」
はぁ、汐ちゃんがこう言ってくれてる以上、やっぱやらなきゃ駄目なのよね。
「おおおお願いだよアッキー! 手加減してぇ!!」
「何言ってんだ! 手ぇ抜いて杏先生をから三振が奪えると思ってんのか!?」
「いやだぁ!!! 死んじゃう!!」
「大丈夫だ! 頭以外なら死にやしねぇよ! 頭を守れ!」
かなりの無茶よね、頭を守れって当たることが前提じゃないの。
恐怖に耐えかねてか、磯貝君は立ち上がる。
「いやだぁ! この前だってアッキーのライズボールが顎に当たって死にかけたんだよ!?」
「いいじゃねぇか! すぐ生き返ったんだからよ!」
「今度こそ死んじゃうよぉ!」
なんだか熾烈な命のやり取りが行われてる。
そんなに嫌なら逃げちゃえばいいのに。
「仕方ねぇな、なら早苗パン解放権を一ヶ月から三ヶ月にしてやる。これでどうだ!?」
「うっ……」
どうやら早苗さんのパンで脅されてたみたい。それだけ早苗さんのパンは磯貝家の平和な食卓を長い間脅かしてきたってことだ。
でも磯貝君、命の方が大事よね? 家族の期待を一身に背負ってるんだろうけど、危なすぎるわよ。公園の外から奇妙な視線を感じていたけど、これってきっと磯貝家からよね?
ドサッ。
とそこへ何かが落ちる音。
「私の…」
あ、早苗さん。
「私のパンは…磯貝さんを脅すことにしか使えないんですねー!?」
「早苗、い、いつのまに!?」
どこからともなく出現したパン。携帯してるのかしら?
「俺は大好きだぁぁぁぁ!!!」
こうして、二人は公園から姿を消した。
結局、戻ってきたところであたしの打席のときは智代が、智代が打席に立ったときはあたしがキャッチャーをやる、ということで折り合いがついた。
でも、あたしはあきれながらも思った。やっぱ、あの二人はああじゃなきゃ駄目なんだって。
あとで智代が教えてくれた。汐、笑ってたぞって。
「アッキー、たのしそう」
なんて言って笑ってくれてたみたい。
久しぶりのアレと、汐ちゃんの笑顔で、ちゃんと自分があの二人の手助けをやれている、なんて自惚れかも知れないけど、そう思うことができた。
時間はあっと言うまに過ぎ、気がつけば日も暮れかけていた。
どうやらこれが最後の攻防になりそうね。
「どうした杏先生! 今んとこ、全打席三振だぜ!」
「うっさいわね!あと一回あるでしょ!?」
「は! それもどうだかな!」
「うっ…」
どうにもこうに打てないのよね。
大体変化が予測不能のMFBなんて反則技じゃない。でもこのままじゃ終われない。
そこであたしは以前椋に読ませて貰ったおまじないの本を思い出した。
椋曰く、著者はあたしたちの高校の後輩だとか。え~っと、確か
『女性のバッターでも男性のピッチャーからホームランを打つおまじない』
なんてピンポイントなおまじないだったわね。
滅茶苦茶うさんくさいけど、椋曰くとても効くんだとか。
こんなのに頼るなんてあたしらしくないとは思いながらも心の中で三回唱えてバットに息を吹きかける。
(セカイノオウノヨウニ、セカイノオウノヨウニ、セカイノオウノヨウニ…)
ハァ~! ハァ~! ハァ~!
なんかあたし、すっごく馬鹿みたい……。
「何してるんだ? 杏?」
「おまじないよ!」
すぐ横でキャッチャーミットを構えていた智代は奇怪なものを見る目であたしに声をかける。
「汐ちゃん、見てなさい! この人が無様に倒れるところを!」
「アッキー……」
どこか不安げな表情。
やはり保護者の秋生さんには敵わないという事か。
「安心しろ、汐! 俺は勝つ!!」
でもね、勝つのはあたしよ!
秋生さんの一球目。
1、2の…3!
……!
当たった!?
「ナニィィィィ!!!!?」
白球は秋生さんの頭上を越えた。
周りの子供たちも沸き上がった。
「ざまぁみなさい! これが現役保育士の底力よ!」
「馬鹿な…俺の渾身の160キロストレートが…」
が。
あたしの打った球はみるみる伸び、やがて公園の敷地を越え…
ゴツッ
通行人のオジサンに直撃していた…。
「本当にごめんなさい!」
通行人のオジサンが気がつくとあたしはマジで謝った。
「いや、気にすることはないよ」
でも気がついたオジサンは怒る様子もなく何度も謝るあたしに何度も「気にしなくていい」と繰り返した。
そして、さっさと去ってしまった。
野球の方はあたしのホームランで逆転だったし、夕方近くであったこともあり子供たちはすぐに帰っていった。
そんな中、とぼとぼと歩き去って行くオジサンの後姿をやけに長く見届ける秋生さんのことが少し気になったけど、あたしはさっきのおまじないの威力にビビッてしまっていて、突っ込むことができなかった。
帰り道のこと、隣を歩く智代があたしに訊いてきた。
「さっきの人だが、なんだか、妙な人だったな」
どうやら智代も気になってたみたいね。
実はあたしも。
「そうよね、どこか挙動不審っていうか危なっかしいっていうか」
「ああ。なんとういうか」
「見た目、暗すぎ」
「それは相手に失礼だろう」
「でも、そんな感じよね?」
「ま、まぁな」
すぐに話題は変わったけど、あたしは変なとっかかりを覚えていた。
あの人、どっかで見たことがある。
別れ際に智代に訊いてみたけど、智代はそんなことはないと言う。
妙、という印象しか覚えず、見たことある、とまでは思わなかったらしい。
あたしの思い過ごしだろうか。それならそれで、別に良いのだけれど。
でも、こういう出そうで出ないっていう気持ち悪いのが大嫌いなのよね。
結局、智代と別れてからもうんうんと首を捻り続けてしまったけど、何かを思い出すとまではいかず、そのまま家に着いてしまった。
あたしはいつまでも親のスネをかじり続けるのが嫌で、就職してすぐ自活していた。
といっても実家は近所なんだけど。
「あれ?」
ドアの前まで来ると鍵がかかっていないことに気づく。
ドアに耳を立てると誰かの声までした。
(やっ……勝平さん…ダメです…そろそろお姉ちゃんが…)
(大丈夫だよ、僕らの愛の力があれば…)
開ければ見慣れた靴も二つ。
またあいつらだ。
狭い部屋だから玄関からすぐそいつらの姿は目視できる。
「椋!! 勝平!!」
「あ、お姉ちゃん!? お、おかえり…」
「お、おかえりなさい! お義姉さん!」
「何度も言わせないでよ! ここはあんたたちの愛の巣じゃないのよ!?
それと勝平! それやめなさいって何度いえばわかるのよ!?」
「だって、家だとお母さんもいるし…」
「そうなんだよ、僕と椋さんの大切な時間なんだ。邪魔、されたくないんだよ」
もう何回目かしらね。
この二人はあたしの留守を狙ってはイチャつこうとする。
椋に合鍵を渡したのは失敗だったわ。
「だからってあたしの部屋でイチャつくことないでしょうが! そんにチチクリ合いたいのならホテルにでも行きなさい!」
「お姉ちゃん、ホテルってすっごいお金かかるんだよ? 知ってた?」
「……」
ケンカ売ってんのかしらね、あたしの妹は。
勝平と交際しだしてからの椋はずっとこんな感じだった。どうやらやるべき事もやっちゃってるみたいで、それ以降は更に加速してきている。
あたしが家を出たのもこの二人が一要因を担っていたりもする。頻繁に自宅でこんなことをされては出て行きたくもなる。
「もう夕飯なんだから、あんたたちも帰んなさい」
昔はこんなんじゃなかったのに。
あんなに一途にあいつのことを慕ってたのに。
「お姉ちゃん、その夕飯のことなんだけどね」
「何よ」
「私、勝平さんに夕飯をご馳走したいんです。キッチン貸してくれない? あと材料」
「僕、レベルアップした椋さんの料理が食べてみたいんだ!」
その時。
何かが切れた。
「出てけぇぇぇぇぇ!!!!!!」
事態が収集したのはそれから1時間後。
夕飯にありついたのは更にその30分後。
しかもあたしの気分を害さないという条件付で二人も一緒だった。
「ねぇお姉ちゃん」
「ん? なに?」
夕飯を終え、二人でお皿を洗っている時のこと。
「お姉ちゃん、彼氏とか、作らないの?」
「……」
「お姉ちゃんなら、、すぐできると思うんだけどなぁ、彼氏」
「……興味ないもの」
「ウソ」
「…………」
勝平がトイレにたった、ほんのわずかな時間に椋は言い放った。
「短大のときにはいたよね、彼氏」
「まぁ、そりゃ……」
「どうしちゃったの?」
「とっくに」
終わったよ。付き合ってみても、こっちがそこまで本気じゃないと知ると、みんな勝手に消えていった。
「はぁ……お姉ちゃん、お父さんもお母さんも心配してるんだよ?」
「……そ、それは知ってる」
「いるんでしょ、好きな人」
「……いないよ、そんな人」
「お姉ちゃん、わたし、お姉ちゃんの嘘は大体わかるよ」
「……」
随分とひっぱる。勘弁してよ。
勝平を連れてきたのは椋なりの何かのメッセージだったのだろう。
でもあたしは答えられなかった。
ただ黙るしかできなかった。
トイレからは水の流れる音。
勝平がトイレから出てきたらしい。
「よーし椋さん、帰ろっか」
結局、椋は相槌を打ち、帰っていった。
「彼氏……か」
今は朋也を父親にすることだけを考えよう、なんて、勝手に自分を納得させた。
椋の言葉で抱いた感情を認めるわけにはいかなかった。
それは、とても卑怯なことのように思えた。
シャワーを浴び、さて寝るかと思っていたその時、リモコンが目に入った。
別に見たい番組があったわけじゃないけど、気まぐれにテレビをつけた。
夜のニュースだった。殺人だの、詐欺だの、特別変わった報道なんてない。
だけど、他と大して変わらないのにあたしの目を引くものがあった。
「……容疑者が……の密売に関わっているとの……」
どこかの誰かが変なものの取引で捕まったとか。
夕方の変なとっかかりがまた襲ってきた。
………
あ。
「あぁーーーーーーっ!!!!!!」
思い出した、あのオジサンが一体誰なのかを。
そうだ、数年前にも似たような事件があったんだ。
そこで報じられてた人も、それが誰なのかも、全部思い出した。
同時にもうこれしかない、という朋也復活の案も浮かんだ。
ゴールデンウィークも明けるとまた退屈な日常が戻ってくる。ガキ共はみんな学校やら幼稚園やらに行っちまった。
野球をやりてぇがメンバーが集まらねぇんじゃどうしようもない。
早苗は買い物、汐は幼稚園。
店はいつもどおりスッカラカンだ。暇つぶしに早苗パンで遊んでみるか。
これなんかどうだ? 見かけは俺の普通のパンと大して違いがない。
混入しても多分バレねぇ。
"当たりが入ってます"と値札に書いておいてだな、家で食べてビックリ。
キャー! これ早苗パンよ!?
やられたわ!しばらく当たりがないから大丈夫だと思ってたのにぃー!!
………
いや、なんとか売れてる俺のパンまで逝っちまったと思われかねない。
さすがにそれは避けたい。やめとくか。
だがこのヒマな時間、どうしてくれよう。
俺がんなことを考えてレジでゴロゴロしてると智代が店に入ってきた。
「なんだ、ヒマそうだな」
「おう、わかるか?」
「ヒマと顔に書いてあるからな」
「何ぃぃぃ!?」
馬鹿な!? 誰が書いたんだ!?
「た、例えだ! 例え! 本当に書いてあるはずないだろう!」
「紛らわしいぞ!!」
ちっ、危うく漂白剤かぶるところだったぜ。危ねぇ危ねぇ。
「ところで、ヒマなら少し話に付き合ってもらえないか?」
「あぁ? なんの話だよ」
「朋也のことだ」
「……」
こりゃまた、へビィだな。
なんかあったのか?
「なんだよ」
智代の表情から察するに結構マジなんだろう。
「昨日の夜遅くにな、杏から連絡があったんだ。朋也を父親にする案が浮かんだそうだ」
「……へぇ」
「本来なら杏が直接説明するといいんだが、やはり仕事があるらしくてな、それでしばらくはヒマな私が来たと言うわけだ」
「そうか、じゃ、聞こうじゃねぇか、その案とやらをよ」
だが俺は正直な話、あまり期待なんかしちゃいなかった。
こいつらの気持ちは本当に嬉しいけどよ、今回のことの関してだけは俺は二人の気持ちだけが嬉しくて、それ以上は望んじゃいなかった。
それが二人に対し失礼なことだってこぐらい、わかっちゃいた。必死で熱弁してくれる智代、こいつでさえこんななんだ、思いついた杏先生なんかもっと興奮してたんだろうよ。
俺は本当に二人の気持ちには感謝してる。
でもよ。
「無理だな」
一通り聞き終えた俺は智代に言い放った。
「何故だ」
俺には既に一つ、ある考えがあった。
昨日の晩に早苗にも話したし、その早苗もそれしかないと言ってくれた。
智代のいう杏先生の案はそれに近いものがあったし、ヒントを得たところも多分同じだろう。
だが、決定的なことが一つ、ずれていた。
「どうしてそんなすぐに無理だなんて言うんだ?」
智代の持ってきた案は、要するに昨日杏先生のホームランボールの直撃を受けたオヤジ、即ち朋也の親父に直接喝を入れてもらおうとのことだ。
朋也を男手一つで育てた人だから、境遇は同じだ、だからきっとうまくいく、そう必死で訴えてくれた。
「お前ら、あいつら親子を知らなさ過ぎるんだよ」
「どういう意味だ」
智代なんか海外にいたしな、詳しく知らねぇのも無理ねぇか。
「あの親子の確執を舐めるなってことだよ」
「……っ」
あの二人のことはもう大体知っていた。
それが、数年前のあの事件で決定的なものになったってことも。
だから、朋也の親父が朋也の為に動くとは思えねぇし、仮に動いたとしても朋也の耳には入らねぇだろう。
俺のたったそれだけの説明に納得したのか、智代は少しうつむき、言った。
「そうか…それは……残念だ…」
「すまねぇな」
「いや、気にしなくていい」
そうは言うが智代のその様子は文字通り"残念"そうだった。
こいつのことだ、きっと折角の案が駄目になったってことより力になれないことに無力感を感じてんだろうな。
「おい智代、一つ頼んでもいいか?」
だから頼むことにした。ちょうど俺と早苗の案には一つだけ不安要素があったし、そのカバーをしてもらおう。
「俺と早苗はこれから旅に出る」
「は……?」
「その間の2,3日、汐の面倒を見ててくれ。ついでに店番も頼む」
「ちょっちょっと待て!」
ナイスリアクション。
呆けたような顔をする智代に俺はそんな感想をもらした。
第4話へ
Love Songも一応書いてはいます。近いうちにupします……。
長編が落ちついたら一次創作やってみたいですね。需要あるのか激しく謎ですが……。
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あいつのことを、渚のことを、俺は忘れなきゃいけない。
けど、そう強く願う、そんな日に限って、そいつは俺の前に現れる。
そいつは本当にお前にそっくりで。
いつまでもあいつの幻影にすがってしまう。
もう許してくれほしい……。
もう無理なんだ……。
俺には、お前の父親である資格なんてない。
命まで張ってお前を生んだママを、忘れようとしてる俺に、そんな資格あるはずない。
そんな俺が、どうして幸せになんてしてやれるんだ?
どうして、お前を満足させてやれるんだ?
どうしてお前はこんな俺を、パパと、呼んでくれるんだ……。
ひとひらの桜 第三話
「なぁ杏」
「なによ?」
「私はお前から大事な話が聞ける、そう聞いてここに来たんだが」
「えぇ、そういったわね」
「じゃあこれは何だ?」
「……」
そんなのあたしが聞きたいわよ……。
おかしい、こんなはずではなかったはずなのに……。
今のあたしと智代の状況。
簡単に説明するとこうなるわね。
「杏センセー! 打順回ってきたよぉ!」
「はいはい、今行くわよっ」
"騙された……"
季節はこいのぼりが上がる五月。今日はゴールデンウィーク最終日。
本来なら有意義に最後の休日を過ごそうと昼まで寝ていたところ、唐突に電話がかかってきた。
『杏先生か?』
秋生さんだった。
眠気で頭がうまく回らない。
「う~ん……どうしたの……?」
『すまねぇな、まだ寝てたか?』
「お、起きてたわよぉっ」
焦る。まさかこんな時間まで寝ていたとは思われたくはない。
ちなみに時計の針は13時を指している。
「で、どうしたの?」
『前言ったよな、協力してくれるって』
すぐにはっとなった。
そうだ、あたしたちはこれから一緒に朋也復活に向け協力していくんだ。
何かあったのだろうか?
声の調子もどこかおかしい。
「勿論よ、で、何をすればいいの?」
『焦るなって、とりあえずちゃんと会って説明がしてぇ。今日、出れるか?』
望むところよ、仕事があったって出て行くわ!
「いいわよ、どこ行けばいいの? 古河パン?」
『いや、公園がいい。家だと早苗がいるしな』
早苗さんにも言えない用事…これはマジだ。
「OK! 今からでいいの?」
『昼からいいぜ、2時ぐらいに来な』
「智代はどうするの?」
『あぁ、あいつも連れて来てくれ。あいつもいると更に心強いからな』
そうよね、いざというときの智代の冷静な判断はあたしも頼もしく感じるもの。
それに智代だって協力するって約束してくれたもんね。
「わかったわ。あたしから連絡入れておく」
『期待してるぜ、二人は主砲だからな!』
「主砲?」
わが耳を疑う。
今なんか変な単語が耳に入った。
『い、いや、こっちの話だ。じゃあな』
そう言い残し電話は切れた。
気のせいね、気のせい。
さぁ、智代にも連絡しなきゃね!
あたしは気づくべきだったわ。
主砲なんてのを口に出していたあの時点で。
こうなることぐらい、予想できたってことに……。
「行くぜ、杏先生! 俺が本気で投げれるのは先生か智代ぐらいしかいねぇんだからな!」
「面白いじゃない! あたしを騙してこんなところに連れてきたこと、後悔させてやるわ!」
「はっ! 言ってな! アメリカ産のMFBを舐めるなよ!」
メジャー行きなさい……。
到着したあたしと智代を待っていたのは近所の子供たちと楽しそうに素振りをする秋生さんだった。
これの一体どこが協力なのよ!?
野球と聞いた直後、あたしは猛然と抗議をした。だけど
『汐を楽しませてやりてぇ…それだけだったんだ…協力、してくれねぇのか?』
なんて言われて反論なんてできるわけがなかった。
結局、あたしと智代が秋生さんの敵チームの主砲として参加することとなってしまった。
あたしがバッターボックスに立ったときのこと。
キャッチャーミットを構えながらも、ガタガタと震える子供がいることに気づいた。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
全然大丈夫そうには見えないけど一応そうきいてみた。
「~~~~っ」
声にならない叫びとはこのことか……。
キャッチャーは激しく首を振り否定した。
「おい、磯貝ジュニア、しっかり捕れよ! 汐も俺の本気の球が見れるぜ! 嬉しいだろ!」
「たのしみ」
はぁ、汐ちゃんがこう言ってくれてる以上、やっぱやらなきゃ駄目なのよね。
「おおおお願いだよアッキー! 手加減してぇ!!」
「何言ってんだ! 手ぇ抜いて杏先生をから三振が奪えると思ってんのか!?」
「いやだぁ!!! 死んじゃう!!」
「大丈夫だ! 頭以外なら死にやしねぇよ! 頭を守れ!」
かなりの無茶よね、頭を守れって当たることが前提じゃないの。
恐怖に耐えかねてか、磯貝君は立ち上がる。
「いやだぁ! この前だってアッキーのライズボールが顎に当たって死にかけたんだよ!?」
「いいじゃねぇか! すぐ生き返ったんだからよ!」
「今度こそ死んじゃうよぉ!」
なんだか熾烈な命のやり取りが行われてる。
そんなに嫌なら逃げちゃえばいいのに。
「仕方ねぇな、なら早苗パン解放権を一ヶ月から三ヶ月にしてやる。これでどうだ!?」
「うっ……」
どうやら早苗さんのパンで脅されてたみたい。それだけ早苗さんのパンは磯貝家の平和な食卓を長い間脅かしてきたってことだ。
でも磯貝君、命の方が大事よね? 家族の期待を一身に背負ってるんだろうけど、危なすぎるわよ。公園の外から奇妙な視線を感じていたけど、これってきっと磯貝家からよね?
ドサッ。
とそこへ何かが落ちる音。
「私の…」
あ、早苗さん。
「私のパンは…磯貝さんを脅すことにしか使えないんですねー!?」
「早苗、い、いつのまに!?」
どこからともなく出現したパン。携帯してるのかしら?
「俺は大好きだぁぁぁぁ!!!」
こうして、二人は公園から姿を消した。
結局、戻ってきたところであたしの打席のときは智代が、智代が打席に立ったときはあたしがキャッチャーをやる、ということで折り合いがついた。
でも、あたしはあきれながらも思った。やっぱ、あの二人はああじゃなきゃ駄目なんだって。
あとで智代が教えてくれた。汐、笑ってたぞって。
「アッキー、たのしそう」
なんて言って笑ってくれてたみたい。
久しぶりのアレと、汐ちゃんの笑顔で、ちゃんと自分があの二人の手助けをやれている、なんて自惚れかも知れないけど、そう思うことができた。
時間はあっと言うまに過ぎ、気がつけば日も暮れかけていた。
どうやらこれが最後の攻防になりそうね。
「どうした杏先生! 今んとこ、全打席三振だぜ!」
「うっさいわね!あと一回あるでしょ!?」
「は! それもどうだかな!」
「うっ…」
どうにもこうに打てないのよね。
大体変化が予測不能のMFBなんて反則技じゃない。でもこのままじゃ終われない。
そこであたしは以前椋に読ませて貰ったおまじないの本を思い出した。
椋曰く、著者はあたしたちの高校の後輩だとか。え~っと、確か
『女性のバッターでも男性のピッチャーからホームランを打つおまじない』
なんてピンポイントなおまじないだったわね。
滅茶苦茶うさんくさいけど、椋曰くとても効くんだとか。
こんなのに頼るなんてあたしらしくないとは思いながらも心の中で三回唱えてバットに息を吹きかける。
(セカイノオウノヨウニ、セカイノオウノヨウニ、セカイノオウノヨウニ…)
ハァ~! ハァ~! ハァ~!
なんかあたし、すっごく馬鹿みたい……。
「何してるんだ? 杏?」
「おまじないよ!」
すぐ横でキャッチャーミットを構えていた智代は奇怪なものを見る目であたしに声をかける。
「汐ちゃん、見てなさい! この人が無様に倒れるところを!」
「アッキー……」
どこか不安げな表情。
やはり保護者の秋生さんには敵わないという事か。
「安心しろ、汐! 俺は勝つ!!」
でもね、勝つのはあたしよ!
秋生さんの一球目。
1、2の…3!
……!
当たった!?
「ナニィィィィ!!!!?」
白球は秋生さんの頭上を越えた。
周りの子供たちも沸き上がった。
「ざまぁみなさい! これが現役保育士の底力よ!」
「馬鹿な…俺の渾身の160キロストレートが…」
が。
あたしの打った球はみるみる伸び、やがて公園の敷地を越え…
ゴツッ
通行人のオジサンに直撃していた…。
「本当にごめんなさい!」
通行人のオジサンが気がつくとあたしはマジで謝った。
「いや、気にすることはないよ」
でも気がついたオジサンは怒る様子もなく何度も謝るあたしに何度も「気にしなくていい」と繰り返した。
そして、さっさと去ってしまった。
野球の方はあたしのホームランで逆転だったし、夕方近くであったこともあり子供たちはすぐに帰っていった。
そんな中、とぼとぼと歩き去って行くオジサンの後姿をやけに長く見届ける秋生さんのことが少し気になったけど、あたしはさっきのおまじないの威力にビビッてしまっていて、突っ込むことができなかった。
帰り道のこと、隣を歩く智代があたしに訊いてきた。
「さっきの人だが、なんだか、妙な人だったな」
どうやら智代も気になってたみたいね。
実はあたしも。
「そうよね、どこか挙動不審っていうか危なっかしいっていうか」
「ああ。なんとういうか」
「見た目、暗すぎ」
「それは相手に失礼だろう」
「でも、そんな感じよね?」
「ま、まぁな」
すぐに話題は変わったけど、あたしは変なとっかかりを覚えていた。
あの人、どっかで見たことがある。
別れ際に智代に訊いてみたけど、智代はそんなことはないと言う。
妙、という印象しか覚えず、見たことある、とまでは思わなかったらしい。
あたしの思い過ごしだろうか。それならそれで、別に良いのだけれど。
でも、こういう出そうで出ないっていう気持ち悪いのが大嫌いなのよね。
結局、智代と別れてからもうんうんと首を捻り続けてしまったけど、何かを思い出すとまではいかず、そのまま家に着いてしまった。
あたしはいつまでも親のスネをかじり続けるのが嫌で、就職してすぐ自活していた。
といっても実家は近所なんだけど。
「あれ?」
ドアの前まで来ると鍵がかかっていないことに気づく。
ドアに耳を立てると誰かの声までした。
(やっ……勝平さん…ダメです…そろそろお姉ちゃんが…)
(大丈夫だよ、僕らの愛の力があれば…)
開ければ見慣れた靴も二つ。
またあいつらだ。
狭い部屋だから玄関からすぐそいつらの姿は目視できる。
「椋!! 勝平!!」
「あ、お姉ちゃん!? お、おかえり…」
「お、おかえりなさい! お義姉さん!」
「何度も言わせないでよ! ここはあんたたちの愛の巣じゃないのよ!?
それと勝平! それやめなさいって何度いえばわかるのよ!?」
「だって、家だとお母さんもいるし…」
「そうなんだよ、僕と椋さんの大切な時間なんだ。邪魔、されたくないんだよ」
もう何回目かしらね。
この二人はあたしの留守を狙ってはイチャつこうとする。
椋に合鍵を渡したのは失敗だったわ。
「だからってあたしの部屋でイチャつくことないでしょうが! そんにチチクリ合いたいのならホテルにでも行きなさい!」
「お姉ちゃん、ホテルってすっごいお金かかるんだよ? 知ってた?」
「……」
ケンカ売ってんのかしらね、あたしの妹は。
勝平と交際しだしてからの椋はずっとこんな感じだった。どうやらやるべき事もやっちゃってるみたいで、それ以降は更に加速してきている。
あたしが家を出たのもこの二人が一要因を担っていたりもする。頻繁に自宅でこんなことをされては出て行きたくもなる。
「もう夕飯なんだから、あんたたちも帰んなさい」
昔はこんなんじゃなかったのに。
あんなに一途にあいつのことを慕ってたのに。
「お姉ちゃん、その夕飯のことなんだけどね」
「何よ」
「私、勝平さんに夕飯をご馳走したいんです。キッチン貸してくれない? あと材料」
「僕、レベルアップした椋さんの料理が食べてみたいんだ!」
その時。
何かが切れた。
「出てけぇぇぇぇぇ!!!!!!」
事態が収集したのはそれから1時間後。
夕飯にありついたのは更にその30分後。
しかもあたしの気分を害さないという条件付で二人も一緒だった。
「ねぇお姉ちゃん」
「ん? なに?」
夕飯を終え、二人でお皿を洗っている時のこと。
「お姉ちゃん、彼氏とか、作らないの?」
「……」
「お姉ちゃんなら、、すぐできると思うんだけどなぁ、彼氏」
「……興味ないもの」
「ウソ」
「…………」
勝平がトイレにたった、ほんのわずかな時間に椋は言い放った。
「短大のときにはいたよね、彼氏」
「まぁ、そりゃ……」
「どうしちゃったの?」
「とっくに」
終わったよ。付き合ってみても、こっちがそこまで本気じゃないと知ると、みんな勝手に消えていった。
「はぁ……お姉ちゃん、お父さんもお母さんも心配してるんだよ?」
「……そ、それは知ってる」
「いるんでしょ、好きな人」
「……いないよ、そんな人」
「お姉ちゃん、わたし、お姉ちゃんの嘘は大体わかるよ」
「……」
随分とひっぱる。勘弁してよ。
勝平を連れてきたのは椋なりの何かのメッセージだったのだろう。
でもあたしは答えられなかった。
ただ黙るしかできなかった。
トイレからは水の流れる音。
勝平がトイレから出てきたらしい。
「よーし椋さん、帰ろっか」
結局、椋は相槌を打ち、帰っていった。
「彼氏……か」
今は朋也を父親にすることだけを考えよう、なんて、勝手に自分を納得させた。
椋の言葉で抱いた感情を認めるわけにはいかなかった。
それは、とても卑怯なことのように思えた。
シャワーを浴び、さて寝るかと思っていたその時、リモコンが目に入った。
別に見たい番組があったわけじゃないけど、気まぐれにテレビをつけた。
夜のニュースだった。殺人だの、詐欺だの、特別変わった報道なんてない。
だけど、他と大して変わらないのにあたしの目を引くものがあった。
「……容疑者が……の密売に関わっているとの……」
どこかの誰かが変なものの取引で捕まったとか。
夕方の変なとっかかりがまた襲ってきた。
………
あ。
「あぁーーーーーーっ!!!!!!」
思い出した、あのオジサンが一体誰なのかを。
そうだ、数年前にも似たような事件があったんだ。
そこで報じられてた人も、それが誰なのかも、全部思い出した。
同時にもうこれしかない、という朋也復活の案も浮かんだ。
ゴールデンウィークも明けるとまた退屈な日常が戻ってくる。ガキ共はみんな学校やら幼稚園やらに行っちまった。
野球をやりてぇがメンバーが集まらねぇんじゃどうしようもない。
早苗は買い物、汐は幼稚園。
店はいつもどおりスッカラカンだ。暇つぶしに早苗パンで遊んでみるか。
これなんかどうだ? 見かけは俺の普通のパンと大して違いがない。
混入しても多分バレねぇ。
"当たりが入ってます"と値札に書いておいてだな、家で食べてビックリ。
キャー! これ早苗パンよ!?
やられたわ!しばらく当たりがないから大丈夫だと思ってたのにぃー!!
………
いや、なんとか売れてる俺のパンまで逝っちまったと思われかねない。
さすがにそれは避けたい。やめとくか。
だがこのヒマな時間、どうしてくれよう。
俺がんなことを考えてレジでゴロゴロしてると智代が店に入ってきた。
「なんだ、ヒマそうだな」
「おう、わかるか?」
「ヒマと顔に書いてあるからな」
「何ぃぃぃ!?」
馬鹿な!? 誰が書いたんだ!?
「た、例えだ! 例え! 本当に書いてあるはずないだろう!」
「紛らわしいぞ!!」
ちっ、危うく漂白剤かぶるところだったぜ。危ねぇ危ねぇ。
「ところで、ヒマなら少し話に付き合ってもらえないか?」
「あぁ? なんの話だよ」
「朋也のことだ」
「……」
こりゃまた、へビィだな。
なんかあったのか?
「なんだよ」
智代の表情から察するに結構マジなんだろう。
「昨日の夜遅くにな、杏から連絡があったんだ。朋也を父親にする案が浮かんだそうだ」
「……へぇ」
「本来なら杏が直接説明するといいんだが、やはり仕事があるらしくてな、それでしばらくはヒマな私が来たと言うわけだ」
「そうか、じゃ、聞こうじゃねぇか、その案とやらをよ」
だが俺は正直な話、あまり期待なんかしちゃいなかった。
こいつらの気持ちは本当に嬉しいけどよ、今回のことの関してだけは俺は二人の気持ちだけが嬉しくて、それ以上は望んじゃいなかった。
それが二人に対し失礼なことだってこぐらい、わかっちゃいた。必死で熱弁してくれる智代、こいつでさえこんななんだ、思いついた杏先生なんかもっと興奮してたんだろうよ。
俺は本当に二人の気持ちには感謝してる。
でもよ。
「無理だな」
一通り聞き終えた俺は智代に言い放った。
「何故だ」
俺には既に一つ、ある考えがあった。
昨日の晩に早苗にも話したし、その早苗もそれしかないと言ってくれた。
智代のいう杏先生の案はそれに近いものがあったし、ヒントを得たところも多分同じだろう。
だが、決定的なことが一つ、ずれていた。
「どうしてそんなすぐに無理だなんて言うんだ?」
智代の持ってきた案は、要するに昨日杏先生のホームランボールの直撃を受けたオヤジ、即ち朋也の親父に直接喝を入れてもらおうとのことだ。
朋也を男手一つで育てた人だから、境遇は同じだ、だからきっとうまくいく、そう必死で訴えてくれた。
「お前ら、あいつら親子を知らなさ過ぎるんだよ」
「どういう意味だ」
智代なんか海外にいたしな、詳しく知らねぇのも無理ねぇか。
「あの親子の確執を舐めるなってことだよ」
「……っ」
あの二人のことはもう大体知っていた。
それが、数年前のあの事件で決定的なものになったってことも。
だから、朋也の親父が朋也の為に動くとは思えねぇし、仮に動いたとしても朋也の耳には入らねぇだろう。
俺のたったそれだけの説明に納得したのか、智代は少しうつむき、言った。
「そうか…それは……残念だ…」
「すまねぇな」
「いや、気にしなくていい」
そうは言うが智代のその様子は文字通り"残念"そうだった。
こいつのことだ、きっと折角の案が駄目になったってことより力になれないことに無力感を感じてんだろうな。
「おい智代、一つ頼んでもいいか?」
だから頼むことにした。ちょうど俺と早苗の案には一つだけ不安要素があったし、そのカバーをしてもらおう。
「俺と早苗はこれから旅に出る」
「は……?」
「その間の2,3日、汐の面倒を見ててくれ。ついでに店番も頼む」
「ちょっちょっと待て!」
ナイスリアクション。
呆けたような顔をする智代に俺はそんな感想をもらした。
第4話へ
by nijou-kouki-0326
| 2011-05-01 13:17