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二条のSSブログ

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酒の席で

 CLANNAD SS
 登場人物:幸村・朋也・春原・渚
 ジャンル:ほのぼの・ちょいシリアス

 2005年に書いた幸村のSSをちょいちょい直したり加筆したりしたものです。
 ちょいシリアスと書きましたけど、明るめのシリアスです。重い雰囲気ではないのでご安心を。











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 夕涼み。
 三月の春の足音を感じさせる、過ごしやすい時間に職場をあとにする。

 社長や芳野さん、他の同僚たちに挨拶も済ませると、まっすぐに足を進める。
 目指すは俺の愛妻と愛娘の待つ家。きっと夕飯を作って俺の帰宅を待っていることだろう。

 足を速めた帰り道の商店街、どこかで見た男の顔が目に入る。

「てめぇどこ見て歩いてんだ!?」

「どこって、前に決ってんじゃん」

 高校生くらいの男が二人と、知っているような気のする男が一人。
 喧嘩だろうか?

「あぁ!? てめぇ……死にてぇらしいな……ちょっときな」

「ひっ、ひぃぃぃっ」

「……」

 この悲鳴を懐かしむ俺がいた。











    酒の席で











 ……見なかったことにしよう。

 さぁ早く俺の家に向かうべし。

「あ! お前は岡崎! 岡崎だろ!? たっ助けてくれ!」

「……」

 無視しよう。
 きっと気のせいだ。

「何だオッサン、こいつの知り合いか?」

「知らん」

 というか、俺はオッサンなんて年に見えるのか。
 古河家は老けないが岡崎家はやはり老けるらしい。

「だとさ、諦めな」

「なっ!! 岡崎ぃぃぃ! 僕だよ春原だよ忘れたのかよ!」

 背格好からして多分ラグビー部。
 全く、大人になっても変わらないのな、こいつは……。

「往生際が悪いぜ……なぁオッサン」

「うっ! うわぁぁぁぁっ……」

 さらばだ春原。お前のことは三歩歩くうちは忘れない。

 俺が心の中で合掌していると、突如、悲鳴を上げる声が変わった。

「ぐわっ」

 春原ではない。さっきのラグビー部だろう。

 驚いて後ろを向くとまた別の奇声がした。

「ほわちゃ!!」

「……」

 まさか、このかけ声は……。

 暗くてその男の顔は確認できないが多分。

「くそっ、なんだこのジジイ!?」

 捨て言葉を残し、ラグビー部達は逃げていった。俺が現場へと引き返すとその人はいた。

「ふむ、久しぶりじゃな、岡崎、それに………夏原」

「春原だよ! わざとだろジジイ!」

「おぉ、そうじゃったそうじゃった」


 懐かしき幸村だった。






「お前たちも……立派に酒を飲むようになったのだな」

 その後、久しぶりに会ったのだからと、幸村と春原と俺とで居酒屋で飯を食いに行くことになった。
 春原はこっちの大学に進学して一人暮らしをしている芽衣ちゃんに会いに来ていたらしい。幸村との遭遇は、本当に偶然だったようだ。

 渚には携帯で連絡を入れた。
 最初、夕飯を食べられないことを残念がっていたが、幸村のことを話したら「ゆっくりしてきて下さい」と言ってくれた。

「酒くらい飲むさ、幸村こそ大丈夫か?」

「大丈夫じゃよ……酒には強い」

 そして三人で色々なことを話し込んだ。

「年なんだから、無理しちゃまずいんじゃないの?」

 春原は楽しそうに囃していた。

「いくら年でも、お前らとは飲んできた酒の量が違うんじゃよ」

「……マジかよ、そう言われると百戦錬磨って感じだね」

 あっさりと認めてしまうところは、本当に春原も変わらないんだなと思う。二人のこんなやりとりが今では懐かしく感じられた。けれど、昔と変わらない光景なのに、懐かしさを感じてしまう。本当に時間は過ぎているんだなと、当たり前のことを確認してしまう。

「お前ら……ちゃんと仕事はしとるのか」

「あぁ、俺は電気工だ。春原は……なんだっけ?」

「ん? 一応働いてるよ、地元の小さい会社だけどね」

「そうか、ならよい」

 この表情からでは何を考えてるかなんて読み取りにくいが、多分喜んでくれているだろう。

「こいつなんて結婚して子供までいるんだぜ」

「馬鹿! 言うなよ!」

「何でだよ、いいじゃん」

「くたばれ……」

 バシャッ!

「あぢぃぃぃぃ!!」

 手元の湯飲みのお茶をぶっかけてやる。

 クソ……俺の口から直接言いたかったんだよ……。

「なんじゃ、結婚しとるのか」

「あ、あぁ。渚だよ、覚えてるよな? えっと、古河渚」

 渚のことを“古河”と呼ぶのも久しぶりだった。
 もうすっかり岡崎渚が定着しているんだ。

「ほほぉ、やはり」

 何がやはりだ。

「心配無用じゃったか」

 幸村の言葉に少し驚いて顔を向ける。幸村は手に持ったお猪口を口に運び、日本酒を少しだけ舐めた。

「心配してくれてたのか?」

「おかしいかの」

「いや、意外だと思っただけだ」

「昔言ったじゃろう? 教え子は例外なく自分の子供じゃと思っておる。それは今も変わらん。子を気にかけない親がおるか?」

「……それもそうだな」

 あの時はピンと来なかったあの言葉の意味が、今ならわかる気がする。

 幸村は熱燗を握って「飲むか?」と合図した。
 俺はお猪口を持って「頼む」と返した。

 幸村は俺のお猪口に酒を注ぐ。

「特にあの子は」

 注ぎ終わると、自分のお猪口を見つめた。
 幸村の酒は進んでいなかった。

「岡崎、お前じゃなきゃ駄目じゃろうと、思っておった」

 どこか遠い目で語る。
 まるで昔を懐かしむようにして。

「くっそぉ~! 岡崎! お前なんてことを!」

「うるさい」

 バシャッ!

 次は頭からかけてやる。

「のぉぉぉぉ~…」

 再度床で転がり回る春原を無視して話を進める。

「どういう意味だ?」

「あの卒業式の答辞を覚えておるか?」

「勿論だ」

 答辞というのは皆でやったあの卒業式での渚の答辞のことだろう。

 忘れられるわけがない、渚の大好きな学校の卒業式の答辞なのだ。

「あの卒業式の答辞を聞いて思ったんじゃ。この子はきっと……今、幸せなんだろう、とな。それは、周囲の見守ってくれている子達は勿論だが、岡崎、それは多分……一番近くにお前がいて、一番近くで支えてやったからなんじゃろう、とな。じゃから、あの子がお前と一緒になったと聞いて安心した」

「……」

「それに岡崎、お前もあの子じゃなきゃ駄目じゃったろうの」

「あぁ、きっと、そうだろうな」

 今、俺はどんな顔だろうか?
 誇らしげに笑っているんだろうか?

 いや、違うな。
 きっと、馬鹿みたいにニヤけているんだろう。

 幸村がそんな風にあの時の俺たちを見ていたなんて考えもしなかった。

「幸村にはあの卒業式、どんな風に見えていたんだ?」

「ふむ、そうじゃな。やたらと手のかかってばかりいた馬鹿息子と…いつまでも心配をかけてばかりいた愛娘の、結婚式、といった具合だの……」

「結婚、式?」

 言い終えた後、俺は笑ってしまった。
 そうか、あの時の俺たちは幸村の目にはそんな風に映っていたのか。
 とてつもなく不器用で、だけど懸命に生きてきた俺たちのあの卒業式は、幸村に言わせれば馬鹿息子と愛娘の結婚式か。

 心から笑ってしまった。
 久しぶりに声を上げて笑ってしまった。

 どうしてって、嬉しかったから。
 あの時の俺たちは幸せだったから。

 渚と出会って、一緒に泣いて、笑って、そして恋をして。
 面白くもなかった学校でも渚のおかげで幸せな時を過ごせる場所に変わった。

 そんなあの学校を渚と一緒に卒業できたことが俺は嬉しくて仕方がなかった、そして、どうしようもなく幸せだった。

「よかったよ」

「何がじゃ?」

 ひとしきり笑った後、幸村のほうを向く。

「だって、あの時の俺たちは本当に幸せだったから」

「だろうの」

「だから、俺たちが幸せだってこと、幸村に伝わったみたいでさ、だから、よかったよ」

 やっぱり、幸村には世話になったから、ろくでもない俺たちの面倒を最後までみてくれた人だから。
 今もそのことに凄く感謝している。

 だから自分が幸せだってところを見せて、安心させて、それくらいの恩返しはしたかった。

「ふむ、それは」

「ん?」

 昔は腹立たしかったこのゆっくりした話し方も、今ではのんびりと見ていられる。

 それは、俺が少しは成長したということなのかもしれない。

「それは…よかったの」

「あぁ、よかった」

 よかった、本当に。



 気がつけば時刻は八時。

 別に特別遅いわけではないが、あんまり遅いと渚が心配してしまう。

 汐もきっと寂しがってるだろう。

 だから、そろそろ帰ろうかと幸村に提案する。

「もう一つええか? 岡崎」

 今日の幸村はやけに饒舌だな、なんて冗談で言ってみると
 どうやら酒が入るとこうなるようだ、なんて返してきた。

 そんなことで笑う俺もやっぱり酔っているのかもな。

「で、なんだ?」

 あぁ、笑える、本当に。

 本当に滑稽だ、今の俺は。昔の俺が見たらなんて言うだろうか?

 きっと、馬鹿にしたようなことを言うだろう。

「お前は…今、幸せなんじゃな?」

 でも俺はようやく気づいたんだ。

 家に帰れば待っててくれる人がいる、だから俺も早く帰りたくなる、その意味に。

「もちろん、きっと、幸村が思ってる以上にな」

 これが、幸せってことなんだろう。

「そうか、なら、もう気に病むことはないのう」

 穏やかなその言葉とうっすらと浮かべた表情に、俺は今自分ができる最大限の幸せそうな顔で返してやった。





 幸村と別れ、一人、帰る途中に後ろから春原が追いついてきた。

「くそ…どうして僕を置いて行っちゃうんだ!しかも僕にお代を押し付けやがって!」

「だってお前、隣の宴会場でストリップなんてしてたろ? うひゃひゃひゃっとか笑いながら。恥ずかしくて近づけねぇよ」

「ウソ!? 僕、酔った勢いでそんなことを!?」

「あぁ、『ご開帳!!』とか言いながらな。危うく警察を呼ばれるところだったんだぞ?」

「……」

 顔が凍りついていた。

 さすがにそこまではしていないが隣に割り込んだところまでは事実だ。

「そんなことはどうでもいいんだが」

「よくないよ!」

「お前、幸村に礼は言ったのか?」

 これだけは聞いておかなければならない。
 幸村が心配していたのは俺だけではない。

「言ったさ。大体、今日幸村を呼んだのは僕なんだから…」

「はぁ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 こいつは昔から何を考えているかわからない。

「変な声だすなよ」

「どういうことだよ」

「ったく…酔ってるねぇ、岡崎」

「いいから言え、また熱湯かぶりたいのか?」

「ひぃ…い、いいますよ…」



 月明かりが照らす帰り道、久しぶりに春原とゆっくり話をした。
 どうやら春原と幸村は既に昨日、会っていたらしい。
 その時に春原は今日の俺のように礼とかをすませたとのこと。

 それで、その時に案の定俺のことが話題となり、今日会いに行こうとしていた。
 だが偶然にもその途中、俺と遭遇したのだ。

「じいさん、岡崎には何て言ってたの?」

「よかったってよ、幸せだって言ったらな」

「そっか、じゃ僕と同じだねえ」

「お前、幸せだったのか?」

「あんたたちほどじゃないけどね……」

「けど?」

「まぁ、楽しくやってるよ、毎日ね」

「そうか」

 きっと俺たちは少しは大人になれたのだろう。

 幸村から見ればまだまだ子供かもしれない。

 いつまでも気にかけずにはいられない存在なのかもしれない。

 だけど、あの時のような世話のかかる情けない子供ではない。

 幸村が、どこか安心して日々を過ごせる、そんな子供に近づけただろう。






「ただいま」

「あ、しおちゃん、パパが帰ってきましたよ」

 私としおちゃんがお風呂を済ませ、パジャマにも着替え終えた頃、玄関のほうから朋也くんの声がしました。

 眠そうな顔をしていたしおちゃんも急に目が覚めたように元気になりました。

「うんっ」

 パタパタと玄関に向かいます。

「パパ、おかえり」

「朋也くん、おかえりなさいです。どうでしたか? 幸村先生とのお食事は?」

「あぁ、なかなか楽しめたよ」

 しおちゃんの頭をなで、だっこまでしています。
 とても機嫌がよさそうです。

「パパ、お酒くさい」

「そうかそうか、悪かったな」

 幸村先生と何か嬉しいことでもあったのでしょうか?

「渚、幸村な、元気そうだったよ、それにな、俺たちのこと話したら、凄く喜んでくれた。それでな……」

 次から次へと、朋也くんの口から幸村先生のことが語られます。
 朋也くんの話が懐かしくて、私もつい笑ってしまいます。





 そして気がつけば時計の針は大分進んでいました。

「なぁ、渚」

「はい?」

「見ろよ」

「え? あ……」

 朋也くんの目線の先にはしおちゃんがいます。

「しおちゃん、寝ちゃってます」

「あぁ」

 しおちゃんは朋也くんの膝の上で小さく寝息を立てていました。

「朋也くん」

「ん?」

 私はしおちゃんの安らかな寝顔と、優しく頭を撫でる朋也くんを見て思いました。

「朋也くんと会えて、本当によかったです」

 素直な、私の気持ちでした。

「俺もだよ、渚」

 二人でそう思えることが、嬉しくて。

「なぁ渚、俺たち、少しは大人になれたのかな?」

 しおちゃんのことを見つめながら、私に訊きました。

 私は幸村先生のことを思い出します。
 春原さんと、朋也くんと一緒に叶えた演劇部と、見守ってくれた幸村先生。

 あれから、私は成長したでしょうか?
 幸村先生のところから卒業した、最後の生徒として胸を張れるでしょうか。

 その答えはわかりません。けれど……。

「私は、朋也くんとなら何にでもなれる気がします。朋也くんといたから、こうして今の私がいるんです」

 朋也くんがいたから私は強くなれました。

 朋也くんがいてくれたからあの坂だって登れました。

 朋也と過ごした学校だから、卒業したいって思えました。

 だから、きっと。

「そうだな」

 胸張って、昔を誇れるんだと思います。





 





 END











 -----------



 あとがき

 これを書いたのは今から五年前でした。
 十八歳の俺は高校の先生を意識してこのSSを書きました。
 酒の味も満足にわからず、酒の飲み方、作法も知らず、書いていました。

 けれど、この作品が俺は好きです。
 世話になった先生と、いつかこんな風に酒を飲みたい、五年たった今も思えます。

 迷惑掛ける生徒でした。いいか悪いかと聞かれれば、できの悪い生徒でした。
 けれど、先生は俺のことを褒めてくれました。俺には最後の最後まで守りたかったものがあって、そのために頑張ってたことがあって、それが果たせて、それを先生は見てくれていて、褒めてくれました。嬉しかったなぁ。
 詳しく話すと長くなるので話しませんが、改めて、恩師の存在って大きいなぁと思えます。

 CLANNADと言えばAfter Storyが目立ちますけど、俺はこの幸村のシナリオが結構好きでした。
 そういう思いが、実はこの作品の根底にはあったりします。

 いつかまた、あの先生に会いたいです。



 おしまい
by nijou-kouki-0326 | 2010-02-23 18:34
line

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