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二条のSSブログ

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謹賀新年

新年明けまして、おめでとうございます。

さて、お久しぶりです。
そして随分放置してすみません…。

今年は放置してきた「ひとひらの桜」をとにもかくにも完結させることを第一目標としたいと思います。

そして、これはmixi日記にも挙げたんですが、

①サークルを立ち上げる

②自前の同人誌を発行する

この二つの完遂を目指します。
オンリーなどの場を借りられたらと思ってはいますが、年内の目標はやはりコミケです。

あとはTwitterつながりの方々との「だーまえオフ」を定例化したいです。
これはブログの主旨とは違うので深くは言及しませんけど。

こんな感じで、今年も楽しくオタクやっていきますとも!
# by nijou-kouki-0326 | 2012-01-02 22:28 | 徒然なる日記

冬コミ参戦のお知らせ

こんばんは。いつも当ブログを愛顧してくださりありがとうございます。
年末の聖戦、冬コミ、盟友一条さんの同人誌に寄稿させていただくことになりました。そういうわけで、早速宣伝。

土曜日 西地区“ゆ”ブロック-46a

今回も前回と同じくAngel Bearts!のSSをやります。前回は日向×ユイだったので今度は奏SSのガチ・シリアスです。Rewrite? 未プレイですとも!!

というわけで、懲りもせずABです。
一応紹介ということで序盤だけ載せておきます。





 Angel Bearts! SS





 目が覚めた時、ここは天国なんだと思った。

 最後に眠る瞬間、次に起きる時は天国かなってそう思っていたから。

 けど、そこにはお母さんがいて、泣きながら笑って、私の名前を呼んでいた。

 強く、手を握っていた。
 温かかった。

 それでようやく気付いた。

 ここは天国じゃない。手術は成功したんだ。
 私はまだ生きているんだ、まだ、生きてていいんだ……。

 お母さんの手が暖かいってことが嬉しくて、生きてるんだってことが嬉しくて、私はお母さんと一緒に泣いた。

 私は新しい命をもらった。
 この命をくれた人のためにも、私は生きなきゃいけないと思った。





     Soul Friends





 新しい心臓はしっかりと私の体に適合しているらしく、拒否反応もないらしい。せっかくの新しい命、私の体が拒否しなくて本当によかった。リハビリ生活は辛かったけど、この心臓をくれた人のためにも頑張らなきゃいけないと思った。

 ただ一つ、気になることがあるとすれば、私にこの心臓をくれた人のこと。新しい命をくれた人のこと。お礼を言いたかった。あなたのぶんまで生きるからって、伝えたかった。
 けれど、それは教えられないことになっていた。主治医の先生は優しかったけど、それだけは教えてくれなかった。そういう決まりらしい。

「奏ちゃんがその人の分までしっかり生きることが、その人へのお礼になるから」

 そんな主治医の先生の言葉で、ようやく私は納得した。

 そして、私は病院を退院した。
 新しい命と一緒に、新しい人生を生きよう、そう誓った。

 退院してから、私は高校に入学するための勉強を始めた。私は高校受験をしていなかった。手術のため、中学生のときからずっと入院していたからだ。そして、卒業式にも行けないまま私は卒業して、それっきりだった。
 けど、今はもう違う。ずっとただの憧れだった高校に通えるかもしれない。そう思うだけで、勉強は苦じゃなかった。編入試験は難しかったけど、合格した時はお母さんと一緒に喜んだ。

 転校生として、中学校のときから憧れていた高校に通うことになった。新品の制服が嬉しかった。友達ができるかどうかも不安だったけど、高校に通えることの嬉しさが勝っていた。
 転入してしばらくして仲のいい友達もできた。勉強も難しかったけど、ちゃんとついていくことができた。友達と一緒に帰ったり、お買い物をしたり、ときどき一緒に勉強もしたり。そんな当たり前の生活が楽しかった。

 でも、思いもしないところから、こんな日常に亀裂が入った。
 仲のいい友達の一人とファーストフードのお店でお昼を食べていた時のこと。彼女は私に転入の理由を聞いてきた。

「奏ちゃん、長期入院だったんだよね。何の病気だったの?」

 担任の先生は長期入院のため、と説明はしてくれていたけど、詳しい説明はしていなかったし、移植のことも当然みんなには知られていなかった。みんなは気を使って聞いてこなかったのだろうけど、彼女はついにその疑問を私にぶつけてきた。

「えっとね……」

 言うのが少しだけ躊躇われた。移植のことはあまり人に言わない方がいい、お母さんからはそう言われてきていたから。
 けど、せっかくできた友達をなくしたくなかったし、何より、この友達になら話してもいいと思った。

「心臓の……病気。それでね、移植もしたの」

「え……?」

 怖かった。
 どんな表情をされるんかわからなくて、下を向いた。

「移植って……心臓の……?」

「うん……」

「ご家族の?」

「ううん、知らない人……」

「それじゃ、今の奏ちゃんの心臓は誰の心臓かわからないの?」

「う、うん……」

「いつ、したの?」

「えっと……」

 矢継ぎ早の質問だった。段々と語調も強くなって、彼女の関心が興味から嫌悪に変わっていくのがわかった。
 最後に、彼女ははっきりと言った。

「……気持ち悪い」

 それは、拒絶の言葉だった。

「え……?」

「信じらんない……他人の心臓で生きてるの? そんなにまでして、生きたいの?」

 その言葉がすべて胸に刺さる。

「あたし帰る」

「……待って」

 荷物をまとめ出す友達に尋ねた。

「……私、生きてちゃいけないの?」

 そんなにまでして生きたいの? 彼女はそう言った。

 生きたいと、願っちゃいけなかったの?
 お母さんの笑顔も、私の気持ちも、いけないものなの?

「……」

 荷物をまとめる手が一瞬だけ止まる。
 けど、すぐに、彼女は立ち去った。私一人が取り残された。
 大好きな店内は流行りの音楽流れていたけど、耳障りなだけだった。

 翌日、クラスの人たちの目線が急に冷たくなった。喧嘩別れのようになってしまった彼女はもちろん、別の友達も、話をしてくれなくなった。クラスに、私は一人きりになった。
 そして、教室のどこかから、陰口が聞こえた。その人は私のことをこう言っていた。

 ……悪魔って。





     §





 広い教室で、私は一人になった。
 一人の時間は、昔からよくあった。昔から、友達を作るのが下手で、中学校のクラス替えもそれですごく苦労した。だから、一人でいることに苦痛はなかった。
 でも……。私にとって辛かったのは一人でいることではなく、冷たい視線を浴び続けることだった。授業と授業の間は短い時間で済んだ。一人で次の授業の勉強をした。
 けど、長いお昼休みはそうはいかない。他のクラスメイトからの視線が怖くて、この時間は耐えられなかった。

 食堂に向かう。ここは私のことを知らない人の方が多いし、何より広くて視線を気にする必要がない。ただ、食べ終わるとすぐに次の人に席を譲るルールになっていたから、またすぐあの教室に戻らなければいけない。
 少しでも長くこの食堂にいたい。目についたのが麻婆豆腐だった。辛さを自由に選ぶことができた。中辛くらいでもすごく辛かった。けど、美味しいし、何よりゆっくり食べられる。この食堂に長くいられる。
 そんな毎日が続いた。食堂の麻婆豆腐が唯一の楽しみだった。辛さを日に日に増してみたりして、どれくらい我慢できるか試してみたりした。
 でも、そんなことが私のしたかったことなんだろうか。
 下校時、オレンジ色の光が一つだけになった私の影を伸ばしていく。ついこの間まで、みんなの影が伸びていた。けど、今はもう一つだけ。

「今日一日、何も楽しくなかったな」

 一人、つぶやく。
 こんなの違うって、思ってしまった。

 友達と一緒に下校することも、楽しく授業を受けることもできなくなった。もう、私がしたかったことは何もできなくなってしまった。
 拳を握りしめて、爪が食い込んで、けど、痛くなるほど強くはなくて。
 私何やってるんだろう、って。

 そこへ、足元に何かが当たった。
 小さなボール。野球のボールだ。

「すいませーん」

 グローブを持った男子が向こうから声をかけてきた。
 その球を拾って、私は投げて返した。

「ありがとうございまーす」

 キャッチして、また、走り去っていく。

「……」

 まだあった。
 私がしたくて、けど、まだやったことがないこと。

 部活をやろう。





 To Be Continued





こんな感じです。
お分かりの通り、奏があの世界に入り込む前のお話です。

よかったら立ちよるだけでもどうぞw
# by nijou-kouki-0326 | 2011-11-03 01:18 | 徒然なる日記

一つの区切りがついたような

私がまだ予備校生、大学生だった頃、いつもいつも寄稿という形でお世話になっていた灯哉さんのサイトが閉鎖されていました……orz

数年前から更新も止まり、掲示板も荒れ放題。それでも、時々ひょっこり更新されてやしないかとのぞきに行ったりしてましたが、いつの間にやら幕は閉じられていました。灯哉さん自身が閉じたのか、それとも更新がないためにオートで閉じたのか、それもよくわかりません。なんとも、物悲しい気持ちでいっぱいです。

あそこには当時書きまくっていたSSのほぼ全部が掲載されていました。それが見られないのは残念としか言いようがないですね……。

このブログは月に一度は更新するようにしています。今は「ひとひらの桜」をちょびちょびと再掲していますが、今後は「ひとひら」以外の灯哉さんのところに載せていた作品も再掲し、SSリンクにも再登録するようにしていきます。「ひとひら」の後、何を掲載するかは特に決めていませんが、みなさんからの要望があるなら要望に沿いたいと思います。

・主要キャラ
・ジャンル

これくらいのふわっとした情報でいいのでコメントを頂けるのであればそれにあった作品を探して掲載するようにします。

今後とも、「二条のSSブログ」をどうぞよろしくお願いします。
# by nijou-kouki-0326 | 2011-10-18 11:58 | 徒然なる日記

【再掲】ひとひらの桜 第7話

 どもども。7話です。
 灯哉さんのところではこの7話の後に最終話だったんですが、今回は尺の関係上、分割していきます。なんか追加要素でもあればいいんですが、今んとこその予定はないです^^;

 しかし、この再掲がこんなに長引くとは思わなかったですorz けど、もうあと少しです。もうしばし、お付き合いを……。







 -----------

 入院中、色々なことが俺の頭をよぎった

 今までしてきたこと

 これからしなきゃいけないこと

 オッサンのこと、早苗さんのこと

 そして、渚のことも、汐のことも

 だけど、それを拭い去ることはできなくて

 今までやってきたことのツケが回って来たかのようで

 仕事のできないこの時間はそればかりを考えてしまっていた

 …やっぱり無理にでも退院させてもらえば良かったか…

 そんな中、あいつの、藤林の言葉が妙に頭にこびりついて離れなかった

『みんな岡崎君のこと、心配してるんです』

 …みんな?

 …みんなって誰だよ?

 だけど、俺にはそれ以上考えることなんてできなくて

 俺がたくさんの人を傷つけているんだとしても、俺にはどうしていいかわからなかった

 誰にどう謝っていいのかわからなかった

 けど……そいつらになら罵倒されたって構わなかった

 思いっきり殴ってもらっても怒らないだろう

 むしろ、そうしてもらった方が忘れさせてくれるような気さえして

 その方が全てが許されるような気さえして

 だけど、それは叶わぬ願いで…

 あの人たちはいつだって俺を責めることなんてなくて…

 俺はいつか、あの頃の俺に戻らなければいけない、そんな義務感さえ生じて

 そんなこと、できるはずもなくて…

 だから、そこで俺は考えるのをやめた

 更に下へ向いていた顔を上げた

 だけど、前を見ることもない

 俺の首は窓のあるほうへと向いた

 ふと外を見ると雨が降っていた

 …無理に出たって、これじゃどうせ仕事もできないか…

 結局、思考は、止まることを許されなかった







    ひとひらの桜 第七話





「坂上さん、それに藤林さん、勝手に古河パンをあけたり、汐を任せちゃったりしてすみませんでした」

 話は早苗さんのお詫びから始まった。さっきまでお酒に酔ってたなんて思えないくらい真剣な顔。そんな二人にあたしも誠意をもってこたえたかった。
 だからかな、自分の顔が真剣になっていくのがわかる気がした。
 あたしたち二人が気にしなくていい、それよりも、と続けると今度は秋生さんが話してくれた。

「俺たちはな、朋也のばあさんとこに会いに行ってきたんだ」

 秋生さんは今回の旅行の目的や、場所は勿論、朋也のお父さんの事、細かなことまで全てを話してくれた。
 そして朋也を立ち直らせるための計画、それに託す思いの強さ。本当にあたしたち二人のこと、本気で信頼してくれてるんだって感じとれるくらい、全部、話してくれた。
 二人が出ていっちゃったのは朋也の為、それくらいは予想できていたけど、出てきた話には驚かずにはいられなかった。

 汐ちゃんを連れていけなかったのは、初めての旅行は朋也と行ってほしかったから。そもそも楽しむための旅行じゃないし、それ以上に朋也抜きの楽しい思い出は作って欲しくなかったらしい。とことんスジを通そうとする二人にあたしは改めて感心してしまった。

「つーわけだ」

「そっか」

 この二人には一生敵わないかな。

 それぐらい、二人とも、朋也と汐ちゃん、それに渚のこと、大切にしたいって思ってる。

 それがよく理解できた。

 そして、嬉しくもあった。

 あの親子三人のこと、こんなにも考えてくれてる人がいる。それがあたしには嬉しかった。

「一つ、訊いていいか?」

 話が終わると智代が口を開いた。

「何だ」

「どうして私たちに、その、そこまで話してくれるんだ? ああ、勿論、不審に思ってるわけじゃないぞ。ただ、私たちは朋也と渚の友達というだけでだな」

「んなことねぇよ」

 でも、秋生さんがそれを途中で遮る。

 智代のそれはあたしも抱いた疑問だった。そもそも今回のことはあたしたちが一方的に言い出したことだ。それに秋生さんだって一度は『家族の問題』とまで言いきったことだし。
 汐ちゃんを預かってたことのお礼かとも思ったけど二人の語り口から、そんなありきたりな理由とも思えなかった。
 そんなあたしたちの疑問には早苗さんが答えてくれた。

「貴方たちに見せてあげたかったんです。家族というものを」

「……?」

 智代と顔を見合わせる。

「坂上さんにも、藤林さんにも家族はいるでしょう?」

「あ、あぁ」

「そりゃ…まぁ…」

 質問の意図がよくわからなかった。
 だけど、少し困惑するあたしたち二人を見て、早苗さんは小さく笑った。そんな早苗さんに何故だかあたしは渚を重ねてしまった。
 そういえば、学校でもこんな顔、朋也に見せてたなぁ、なんて。

「これから先、お二人もいろんなことで悩んだり悲しんだりすることがあると思います」

「だけどな、どんなに辛いことだろうと、悲しいことだろうとな、乗り越えていけるんだよ、支えてくれる誰かと一緒ならな」

「それに、時には私たちも苦しんでいる誰かを助けてあげることもできるんです。私も秋生さんもそんな一緒に頑張っていける人のことを“家族”っていうんだと思ってます」

 その言葉は決してありふれたものなんかじゃなくて。
 この二人が言うから初めて意味を持つような、そんな気さえして。

「朋也さんのこと、私たちにできることはもうあと少ししかありません。ですから、あとは史乃さんにバトンタッチです」

「だけどな、心配することはねぇ。あの親子の絆は本物だ。当事者たちが一番気付いてない、それだけだ。だからきっと、いつまでも立ち止まってるあの馬鹿息子を立ち直らせてくれるはずだ」

 一言一言がとても温かくて。
 夜の静けさもどこか心地よくて。
 二人の笑顔が眩しくて。
 あたしはそんな二人に、ただ憧れるしかできないのかな、なんて考えて。

「ありがとよ」

「え……?」

「お前らの協力するって言葉が俺たちを突き動かしたんだ」

「私たちがここまで頑張れたのも、お二人のおかげなんです」

 気がつけばそんなあたしの羨望にも似た考えも、自分で否定していた。

「目の前の辛いことで大切なことを忘れそうだったんです、私たちは」

「それを思い出させてくれたんだよ。俺たちは家族ってもんを、はきちがえちまうところだった」

「私たちは助けあって生きていくんです。それが、家族なんです。こんな大事なことを忘れそうだったんです」

 それは、人から見たら下らないなんて言われちゃうかもしれないんだけど、それでもあたしは求めてた。あたしも、あたしもこんなふうに、って。

「わかるか? だからよ、智代も杏も俺たちの家族なんだ」

「貴方たちにも見せてあげたかったんです、そんな家族の強さと、絆、というものを」

「だからだよ、だから、全部話すことにしたんだ」

 そして、二人はあたしも智代も家族なんだって言ってくれた。

 こんなあたしが入ってもいいのかな。
 こんなにもあったかいこの家族の中に、あたしなんかが入ってもいいのかな

 でも、願っちゃった。
 ……あたしも、この家族の一員でありたいって。

「そうか……嬉しい、な」

 あたしの隣で智代が口を開いていた。

 その言葉はまるで、あたしの言葉を代弁するみたいで、あたしも…あたしも何かいわなきゃ、って思った。

「ホントに…っ…」

 …あれ?

 …おかしいな?

 …なんでだろ?

「杏」

 智代が小さく笑ってる。

 私の肩を引き寄せて「仕方のないやつだな」って軽く抱きしめてくれた。

「みんな、お前のおかげなんだぞ? お前が泣いていてどうする?」

「っな……泣いて、なんか……」

 安心しちゃったのかな?

 これからだっていうのに、二人の言葉が嬉しくて、泣いていた。

 全然、止めることはできなくて。
 ダメだダメだって思っても、止まることはなくて。

「いいんですよ、杏さん。嬉しいなら、泣きたいなら泣けばいいんです。泣ける場所があるというのは素晴らしいことです」

「でっ…も……」

 でも、でも、みんなだって泣いてない。

 みんなだって頑張ってるんだ。

 あたしだけいいなんて。

「いいじゃねぇか、こんな風に自分のためじゃなく泣くのは、俺は嫌いじゃねぇよ」

「……っ」

 あぁ、いつの間にかあたしも救われてる。

「それによ、まだ全部が終わったわけじゃないんだぜ?」

「秋生さん、それとはまた別ですよっ」

「そうだぞ、もう少し雰囲気というものをだな」

 あたしはそんなみんなに心から感謝していた。

 そして、みんなを見て声を振り絞る。

「ねぇっ…みんな…」

 ようやく出てきたまともな声。

 みんながあたしの方に顔を向ける。

 伝えたい言葉があった。

 早苗さんにも、秋生さんにも、智代にも、汐ちゃんにも、朋也にも、そして…渚にも…

 みんな、あたしのおかげだなんて言ってくれるけど、あたしだってみんなには助けてもらってる。

 あたしだって、みんながいなければ絶対挫けてた。

 だけど、どこかで誰かがあたしのそばにいてくれて、励ましてくれて、だから今のあたしがいる。

 それは間違いない。

 そして、これがさっきの早苗さんの言葉の意味なんだって理解した。


 だから、前を向いて、泣くのもやめて、自分のできる精一杯の笑顔で


 朋也のことも、信じることにして…きっと帰ってきてくれるって


 それがあたしの精一杯の頑張りなんだって


 そう、信じることにして…。


 そして、みんなに伝えたい言葉があった。


 だから、あたしはただ一言、みんなに言葉を贈る。




 ……みんな…ありがとう……




 みんなは、やっぱり笑顔で…




 ……うん…もうあと少しだな…




 あたしの肩にポンと手をやってくれて




 ……待つしかできないのは辛いだろうがな…




 いつも通りの笑顔で元気をくれて




 ……大丈夫ですよっ…秋生さんっ…きっと、帰ってきてくれます…




 願いも、想いも一緒で




 ……そうだなっ…




 本当に…あったかい…




 そして、あたしの中に一つだけ大事なものを残してくれた




 それは、確かな自信




 できることはやった。あとあたしたちにできることは、信じること、ただ、それだけだ




 それがあたしの得たものなんだ







    §







 数日後、智代から電話があった。

 内容は智代らしく簡潔で、海外へ戻るとのことだ。

 元々二週間程度の帰国で、向こうの人たちに無理を言って延ばしていたらしい。

 気にするな とは言ってくれたけど、悪いことをした、そう思わずにはいられなかった。

 だけど、電話口の智代はとても穏やかで、文字通り思い残すことはない、といった感じだった。

「例の旅行、うまくいって朋也が立ち直ってくれたなら、また連絡してくれ」

 最後にそう言って向こうの連絡先を教えてくれた。今度は何かあってもちゃんと連絡が取れるように。

「うんっ、絶対するっ」

 それを最後にあたしは電話を切った。

 椋からも「岡崎くん、無事に退院したよ」との連絡を受けた。

 芳野からも「明日から復帰だ」との連絡を受け取った。

 嬉しくて、その勢いで買い物に行った。

 そして朋也の為に弁当も作った。

 久しぶりに自分以外のためのお弁当で、張り切りすぎて失敗もした。

 あたしから、と言えないのが少し残念なところではあるけれど、芳野の口から

「美味い美味いつって食べてたぞ」って聞くとまた嬉しくなった。

 汐ちゃんも、夏休みが近くなるに連れて嬉しそうな顔を見せてくれた。

 何かあると、トイレに駆け込んでしまうけど、そんなときはあたしが励ましてあげた。

 何かできることを見つけることができたなら、些細なことだろうとお構いなしだ。

 そして、季節は移り、夏がやってきた。

 今年ほど複雑な思いを抱く夏は初めてなんだろうな。

 だけど、季節はそんなあたしの気持ちなんてお構いなしなのよね。







 早苗のしつこいくらいの再三に渡る要求で朋也はようやく旅行に行くことを承諾した。

 日程も決まったし、向こうの史乃さんへの連絡も済ませた。

 汐はというと旅行に行くと話してやると随分と喜んでくれた。

 パパと一緒と言うと喜びとも嫌悪ともとれない顔だった。

 やっぱり、自分の朋也への気持ちがまだよくわかっていないんだろう。

 ここで俺たちも行けないなんて教えたら全然楽しみにゃならねぇだろうな。

 初めての旅行が不安でいっぱい、なんて洒落にならん。

 俺も早苗も当日まで黙っておくことにした。

 磯貝さんにも話をし、協力してもらうことになった。

 といっても、朋也がきちんと汐を連れて行くのを確認する為に、当日、家に上がらせてもらう、といった程度のものなんだがな。

 だが、早苗がお詫びに、と『甘くないジャムパン~早苗バージョン~』をプレゼントするとジュニアの方が石化してしまった。あのジャムが原料らしい。
 多分、トラウマになってるんだろう。

 とにかく、一通り準備は整った。

 年甲斐もなく緊張しちまう。

 そして、その日は遂にやってきた。











 続く
# by nijou-kouki-0326 | 2011-09-13 23:24

【再掲】ひとひらの桜 第6話

 ちょっと、今回は手を加えた部分が多いっす。
 楽しんでもらえるかどうかは……うーん、どうなんでしょう。

 あと、できれば「ひとひらの桜 余談」と「ひとひらの桜 余談②」を読んでからの方がいいかなと思います。ちょっとぴり絡ませました。
 いや、まぁ別に読んでなくても全く問題ない上に微妙にこの作品の雰囲気をブチ壊してますから無理しなくてもいいです。











 -----------

 目が覚めた。

 その瞬間、今まで見ていたものの正体に気付く。

 あぁなんだ、夢か、って。

 同時に思う。

   ……何で覚めちまったんだ

   ……何でこっちが現実なんだって。

 いっそ、覚めなければ、ずっと夢の中にいさせてくれれば。

 そして、自嘲気味に笑う。

 夢なんていつか覚めちまうものじゃないか。

 それは俺自身が一番よくわかってることじゃないか。

 俺の送って来た、あいつとの毎日が夢みたいなものだったんだ。

 ふと、視線を上へと運ぶ。

 そして自分が見知らぬ天井をみつめていることに気付いた。







    ひとひらの桜 第六話







 朝、私が部屋のドアを開けると元気そうな声が聞こえてきた。

「藤林!? 何だお前その格好!? つーかここどこだ!?」

 元気、もとい困惑した声が私の耳に入る。

「お、落ち着いてくださいっ」

 となだめ、昨日の出来事を一つ一つ丁寧に話しました。
 するとすぐに納得にため息をついていました。

「そっか、過労って……こんなんで倒れちまうなんて、俺も歳かな」

「岡崎君、きちんと休みはとってますか?」

「とってるさ」

「とれてるなら倒れたりなんかしません」

「相変わらずお節介なのな」

「看護士として当たり前のことです」

「……」

 少し、厳しめに。
 岡崎君はそんな私の言葉を受け、またも困惑気味のようです。

「はは、そうか、働き過ぎってことか」

 淡白な乾いた笑顔でした。

 本当の疲れはまだとれていない、と言わんばかりの。

「藤林も言うようになったな。とりあえず世話になった、ありがとう」

 そういうとベッドから立ち上がり、着替えを探し始めました。

「い、いえ……って、岡崎くん?」

 私の動揺をよそに俺の服はどこだと聞いてきます。

「だ、駄目ですよ、まだ寝てないと……。熱だってまだ少しあるんですから」

 同僚の芳野さんという人に言われたことを思い出しました。

『あいつは働き過ぎでしてね。いい機会だからゆっくり休ませてやりたいんです』

 私はそのことも岡崎君に話しました。その芳野さんが随分と心配していたことを。
 そして私自身からも、もう少し休んでいたらどうですか、と付け加えました。

「気持ちは嬉しいけどな、俺は働かなきゃならないんだよ。……生活がさ、かかってるからさ」

 だけど、岡崎君は聞いてくれません。予想はしてましたけど……。
 でも私だって看護士です。そんな簡単には引き下がれません。

『また同じことを繰り返しかねんからな』

 芳野さんがそう話してくれた通り、これではまた倒れてしまいそうです。熱はひいても、疲れが完全にとれなければ、同じことを繰り返してしまう。そんなことくらい、素人にだってわかります。だから必死でとめました。無茶は駄目です、もう少し休んでいってほしい、そう言って、説得しました。

「駄目なんだよ、働いてないと、俺が俺でなくなるんだ」

 だけど岡崎君は全然聞く耳持たず、と言わんばかりでした。

 荷物をどんどん整理していってしまいます。熱はひいたといっても少しだけです。顔色とか、まだまだ悪いのに。
 お願いです、無茶しないでください、私がいくらそう言って止めても聞いてくれません。構うもんかと言って片付けをやめてくれないんです。

 それで私は遂に……。

「いい加減にしてくださいっ!!」

 声を、張り上げてしまいました。

「……」

 岡崎君も私の方へ顔を向けたっきり硬直していました……。

 私も、しまった、とは思ったけど、今更ひくこともできません。

「みんな、みんな岡崎君のこと、心配してるんです…。どうして、どうしてそんなに無茶するんですか?」

「……」

 お姉ちゃんは昨日、私のところに来て 何か手伝えることはない? って聞きに来ました。

 今までの家に帰るときに見せた頼りないお姉ちゃんとは違う、何かを心に決めた、そんな顔でした。

 私が、何もないんだよ、病院に任せてくれればいいんだよって教えても落胆することもなく、

「そっか、じゃあ朋也のこと、椋に任せるわね」

 そう安心したように小さく笑って帰っていきました。

 そんなお姉ちゃんの後ろ姿を見て私は思ったんです。

 私も、頑張らなきゃって。

「岡崎くんにも事情があるのは知ってます。でも、お願いします、せめて、せめて体だけは大切にしてください」

「……」

 お姉ちゃんのことは話さなかったけど、岡崎君のことを気にかけてくれている人たちの存在に気付いてほしかった。

 せめて、その人たちの為にも、健康に、長生きしてほしかった。

 岡崎くんは一つだけ、息をはぁと吐いて

「わかったよ」

 そう答えてくれました。



 一週間後、岡崎君は無事に退院していきました。
 もう顔色などはすっかりよくなってはいたけど、昔の、高校時代の時のような、元気な岡崎君を見ることは最後までありませんでした。
 他の看護士さんたちからも訊きましたけど、部屋に行くと何度か誰かを思い出すような顔を見せていたらしいです。お見舞いの人たちが来てくれても、その時は嬉しそうな顔を見せるのだけど、その笑顔にしたって、その人たちとどこか距離を置いてるみたいで、淡白だったって。

 他の人から見てもそう映ってしまうくらいなんです。どうしてか知ってる? って私は何度か訊かれたけど

「いえ、私も詳しくは」

 なんて呟くだけでした。
 とても、私の口から言えることじゃ、なかったから。

 でも、それでも私は岡崎くんを応援したい。どこかで頑張ってる人がいる。一番近くで、一番苦しんでる人たちが、それでも頑張っているんだ。

 私だけがへこたれるわけにはいかない。応援しかできないのだとしたら、きっとそれは、私が今しなきゃいけないことなんだ。
 だから私も、頑張ろうって思えるんだ。







 朝。

 今日から岡崎が復帰してきた。

 少し照れながらも、しばらく休んでいたことを皆に詫びる。

 それをみんな拍手で迎える。

 ありがとうございます、と社長や俺達同僚に礼を言い、自分の机の所へと向かう。

「あれ?」

 自分の席の以前とは違う風景に気付く。

「これ、誰の弁当っすか?」

 そこにあったのは赤い布にくるまれた四角いモノ。
 周囲の仲間に訊くが誰も答えないから俺が答えた。

「岡崎、お前のだ」

「はい?」

「お前いつも会社のコンビニ弁当だろ。それじゃ体をまた壊す。これを食って少しは栄養とかに気を配れ」

 困惑、というか、何故か岡崎は退いている。

「芳野さん、気持ちは嬉しいっすけど、俺にはそういう趣味、ないっすから」

 というより勘違いされてしまった。

「馬鹿っ! それは俺が作ったわけでもなければ愛情弁当でもない!」

「じゃあ誰が作ったんすか?」

「うっ……」

 本人からは口止されてるからな、教えるわけにはいかない。
 俺は、とにかくそれはお前の弁当だ、毒なら入ってない、残したら俺が殺される、などと言いくるめ、つき返された弁当を再度岡崎に返す。

「不審に思うのも無理ないが、だがな岡崎、味は保証する。だからしっかり食え。残さず食え。それが……愛だ」

「……はぁ」

 納得はしない様子だったが、もう仕事場へと向かう時間だ。
 しぶしぶその弁当を自分の荷物の中に入れた。
 そして俺たちは今日も仕事へと向かった。

 一週間近く休んだせいか、しばらくは手つきがおぼつかなかったりもしたが、それも直ぐに以前のように戻っていった。

 弁当も美味いと何度もボヤいていた。体調に関してはこれからは気を付けると言ってくれた。

 だが、時折見せる遠くを見つめるような、まるで昔を懐かしむような表情、そして直後に見せる寂しい目、そんな以前から見せていた岡崎に、変化が来ることはなかった。

 そして今更ながら気づいてしまった。
 状況は何も変わっていないのだ、ということに。

 今回の入院は、ただ単に岡崎に苦悩する時間を与えてしまっただけだったんじゃないか。
 だが気づいたからといってそれを後悔しても仕方がない。
 俺は信じることをやめようとは思わなかった。

 理由は簡単だ。

 俺たちがそれをやめたら、誰があいつを祝福してやるんだ?

 岡崎朋也が帰ってきた時、そんな岡崎の姿を心から喜ぶやつがいなかったら…どうするんだ?

 だから俺はやめない。

 岡崎は必ず帰ってくる、そう信じることを。

 それしかできないんじゃない、そうすることが重要なのだ。

 そして、その大切さを、俺は彼女たちから教えられたのだから。







 ――時を戻し、岡崎入院から二、三日後の古河パン



 夕暮れ時。冷ややかな風が吹くが、少し前と比べればそれほど寒さを感じるわけではない。それだけ、季節が移行してきたのがわかる。

 おまけに俺達の旅先に比べれば肌で感じる温度が全然違う。おかげで帰ってきたんだって実感もできた。

 つまりだな、久々の我が家だ。
 智代や汐にはえらく迷惑かけちまったが、この土産で許してもらうことにしよう。
 智代の土産については本人も泣いて喜ぶに違いない。かなり自信がある。

「秋生さん、何をニヤニヤしてるんですか?」

 おぉっと。顔に出てしまったらしい。

「早苗、レインボー」

「わけがわからないですよ」

 そんなこんなで我が家、古河パンに到着だ。

 何日空けたのか、よくわからん。

 ……。

 忘れたな。細かいことは気にしないことにし、扉を開け二人の名を呼ぶ。

「智代~! 今帰ったぞ~汐~! アッキーだぞー」

 お、懐かしいな、パンの焼ける匂いだ。

 智代のやつ、腕を上げたな。

 俺の声に反応したのか奥から智代が顔を出す。

「秋生さんか!?」

「アッキー、さなえさん」

「おう、秋生様だぜ」

 パタパタと嬉しそうに寄ってくる汐。

 さて感動の再会だな!

「おっそ―――い!」

「あん?」

 智代の背後から掛け声。

 同時に何かが俺の顔面に向かって奇襲!

 俺はそれを紙一重で回避する。

「あ、あぶねぇ……」

 危うく俺の最強にカッコいい顔が台無しになるとこだったぜ。

 だが。

 ゴリっ。

 そいつは窓を突き破り、奇妙な効果音とともに、外にいた通行人を狙撃した……。

「一体どこまで行ってたのよ…って……あっ…」

 窓を突き破った飛来物(旧約聖書)を運悪く直撃したのは。

「ジュニアぁぁ!!」

 磯貝ジュニアだった。



「ごめんね~磯貝君、生きてる?」

「か、紙一重で」

 運悪く(俺に代わりに)神の裁きをうけてしまい、顔が変形している磯貝ジュニア。

 そんなジュニアに罰の悪そうに謝罪をする杏先生。

「杏先生、実は通行人に物を当てるのが得意だからな!」

「勝手に変な設定子供に教えないで!」

「あ、喧嘩しないでよ。僕なら大丈夫だからさ」

 磯貝ジュニアも立派だな。仲裁してくれるらしい。

 にしてもこいつは本当に災難ばっかだ。普段の原因のほとんどは多分俺なんだが。

 とそこへ智代が焼きたてのパンを持ってきた。

「杏が済まないことをしたな、これはほんのお詫びだ」

「そ、そんな、僕なら本当に大丈夫ですから」

「コラコラ、子供がそんな遠慮なんかするんじゃない」

 いい匂いだ。智代が焼いたパンだな。

 これぁ俺が教えた…いや、俺が教えたパンの匂いじゃねぇな。

 もしかして

「智代、そのパンよ」

「ああ、よくわかったな。私も早苗さんのようにオリジナルのパンを作ってみようと思ってな、北の国からやって来たお隣さんのジャムを使ってみたんだ。名付けて『甘くないジャムパン』だ。それでだな、これは試作品第一号だ」

 早苗の試み見習うのはいいんだが、味まで見習われては敵わん、などと頭をよぎったが、まさか智代に限ってそんなことはねぇだろ。

「ほぅ、じゃまず俺が……」

 パシッ

「駄目だ、まずは磯貝君だ」

「何ぃぃぃ!?」

 伸ばした手を弾かれちまった。

「秋生さん、私のパンは食べてくれないのに坂上さんのは食べてくれるんですね?」

 と非難めいた早苗の声。

「どーしてかしらねぇ? 秋生さん?」

 便乗するかのごとく面白そうな顔をする杏先生。

 しゃぁねぇ、いつものフォローといくか。

「早苗よ、お前のパンは食べなくてもわかるんだよ」

 (超絶破壊的な味なのよね…?)

「そうだ、クジラも二秒で瞬殺…」

 俺の耳元で小さくささかれた声。

「あん?」

 釣られて出た俺の言葉。

 そして涙目の顔も美しい我が妻。

「私のパンは……」

 しっしまった! 謀られたのか!?

「捕鯨に使われるんですねぇ――!!?」

「杏っ! 何てことしやがるっ!」

「おっかけなくていいの?」

「くそっ…俺は死なねぇぇぇ――…」

 やっぱ、この日常にだけは変化はねぇみたいだ。





 しばらくして古河パンへと戻ってくると磯貝ジュニアが青ざめた顔をして出てきた。

「おい、どうした?」

「……」

「何だ? 智代パンもらっておいて何でそんな元気がねぇんだ?」

「ねぇアッキー、智代ねーちゃんって古河パンの新戦力なの?」

「そうですね、あんないいパンが焼けるんですから、私たちよりお上手なのかもしれません」

「呑み込みも早かったしな」

「早苗さん、アレは……パンじゃないよ」

「え?」

「何言ってんだ、おめぇ」

「僕の口の中で……メキョって……」

「磯貝君、何かあったんですか?」

「何で、何で僕ばっかりが……」

 意味深な発言を残し、俺の質問に答えることもなく、磯貝ジュニアはフラフラと去っていった。

 何かの幻覚でも見たんじゃねぇかってくらい、目が死んでいた。

 マジでどうかしたのか?

「どうしたんでしょう? 磯貝君」

「さぁな」

 何かヤバいもんに遭遇したのは間違いなさそうだが。







 秋生さんと早苗さんがようやく帰ってきた。

 あたしは勿論、智代も汐ちゃんも嬉しそうな顔を見せてくれた。

 あたしがいるのは夕飯の用意とか汐ちゃんと遊びにとか、要するに智代の手伝いだ。

 仕事が早く終わったから来てたのよね。

 秋生さんからはお土産がたくさんあった。

 智代にはブーツ。

「なんだ、秋生さんにしては普通なんだな」

 と受け取ったら

 …ズシっ。

「……どうしてブーツがこんなにも重いんだ?」

「へっ聞いて驚け! そいつはな智代の為にと俺が特注して作らせた鉄底ブーツだぁぁぁ!」

 蹴りの殺傷力が更に増すとの太鼓判を押されたものらしい。

「……」

 いつかこれで闇撃ちしようか、なんてぼやきが聞こえたような気がしたけど、きっとあたしの気のせい。

 あたしには極太のラテン語の辞書。

 もう初めから辞書としての機能より投げることの機能に特化してるわよね?

 あたし、別に好きで投げてるわけじゃないんだけど。

 汐ちゃんには両津○吉1/6フィギュア。

「全関節フル可動が売りだ! 小指の第一関節だって動くんだぜ!」

「……」

 凄く嫌そうな顔が妙に印象的だった。



 場がようやく収集されてから二人に朋也のことを話した。

 ただの過労だったってことも、折角だから今は入院中させてもらってるってことも。

 驚いた様子だったけど、病気とかじゃないことを知って安心したようだった。

「なら早速明日にでも見舞いに行くか」

 あたしや智代も一緒に来ないかって誘ってくれたけど、あたしも智代もそれは断った。

 元気になった朋也に会いたい、笑ってる朋也に会いたい。

 だから、いつか汐ちゃんと一緒に幼稚園に来る、その時を待ちたい、そう言ったら秋生さん早苗さんも納得してくれた。



 その日の夜はあたしと智代、秋生さんに早苗さん、それに汐ちゃんの五人で楽しく夕飯をとった。

「これぞ俺の夢見たハーレムだぜ!」

 お酒の入った秋生さんは終始ご機嫌で、次々と缶を空けていった。

 一方智代は

「私は…何て恐ろしいモノを…磯貝君に…」

 と呟きながら泣き出していた。
 酒が入ると泣き出すタイプらしい。

 それにしても、智代が作ったパン、あれは智代のせいと言うより一緒に混ぜたジャムのせいだろう。
 あたしも一口なめてみたけど、あれをジャムと呼ぶのなら全ての甘党を敵に回すと思う。人類が積み重ねてきたジャムの歴史を冒涜する代物。あれを全部食べた磯貝くんのことが全力で心配ね。

「まぁまぁ、そんなに泣かないでよ、智代」

「……杏は……優しいんだな」

 智代の涙は相変わらず止まらない。
 そして、あたしの腕を握る。

 ……待って、智代。

 ……顔が、近いんだけど……?

「……杏」

「な、何?」

好きだ

「ちょ!?」

「私は本気だ……杏、私の気持ちを……受け取ってくれないか……?」

「ななな! 何言い出すのよ!?」

 腕が握られている。に、逃げられない……。

「私のこと、嫌いか……?」

「い、いや、嫌いじゃないけど」

「だったら!! 私と一緒に住もう!!」

「それはあくまで友達としてで!! っていうかなんで住むところからスタートなのよ!!」

私にはもう住む家がないんd お前と一緒にいたいんだ!!」

「意味わかんないわよ!!!」

 キスを迫る智代。
 全力で回避するあたし。

 向かいで座る秋生さんは「これが百合か!!」とか言って豪快に爆笑していた。

「笑ってないでこの酔っぱらいを何とかしてよ!!」

「わははっ」

「……zzz」

 そして、智代はそのまま倒れ込むように寝てしまった。ちなみに、腕はまだ放してくれていない。

 早苗さんはと言うと

「汐もお酒、どうですか? おいしいですよ?」

 と中年の親父みたいなことをしている。

「いらない」

 あたしはそんな汐ちゃんを保護していた。

 ちなみにあたしはというと、全然シラフだった。

 酒豪なのよね、実は。

 智代と同じくらい飲んでたけどこの程度の量じゃほろ酔いもできないのよ。

 夜も八時を越えだすと、あたしは初めて汐ちゃんとお風呂に入った。

 寝入ってしまった智代の代わりなんだけど。

 それにしてもお風呂場での汐ちゃんは本当に可愛い。

 シャンプーするときも必死で目をつむるところが激プリチー。

 子供ってなんでこんなに可愛いんだろ?なんて思ってしまう。

 つくづく自分は保育士に向いてるんだなって思うのはこんな自分に気付く時だ。

 浴槽に入っていると汐ちゃんは

「うしおも智代おねーちゃんみたいにおっきくなる?」

 なんて訊いてきた。

 一瞬なんのことかわからなかったけど、あたしの胸と自分の胸とを交互にみるもんだから。

「大丈夫よ、汐ちゃんも大人になればあたしみたいにおっきくなるって」

「杏せんせいみたいに?」

「そ。だから安心しなさいって」

「……」

 ってなんでそこで不安そうな顔になるのよ。

 いけない、いけない、相手は子供よ。

 あたしだってこれからだ。

「あのね汐ちゃん、小さい方が好きって男の人も中にはいるのよ? そしてぺったんこじゃなきゃダメって人も」

 とか

「最終手段はズバリ誰かに揉んでもらうこと! 好きな人ならなおよしっ!」

 なんて教えたのはここだけの秘密。



 お風呂から上がり汐ちゃんの寝息も聞こえだしたころには時計の針は十時を越えていた。

 そして自然と四人は集まっていった。

 さっきまで寝入ってしまってた智代もいつの間にか起き上がり、酒も抜け、いつもの頼りがいのある顔付きに戻っていた(記憶は飛んでいた)。

「杏、もう、大丈夫そうだな」

「うん。ありがと」

 そんな智代の気遣い、嬉しくもあり、照れ臭くもあった。

 そしてあたしは、笑ってそれに応えた。



 そして、早苗さんが話を始めた。

 勿論それは今回の旅行のことだった。















 続く。
# by nijou-kouki-0326 | 2011-08-28 23:40
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